新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

マンハントものの古典

 マクシム少佐をレギュラー主人公にした第一作「影の護衛」を読んで、ギャビン・ライアルという作家を見直したので、マクシム少佐以前の作品をもう一度読んでみることにした。ギャビン・ライアルは「影の護衛」以前の7作ではレギュラー主人公を持たなかった。ただ一作のみの主人公たちには、共通した特徴があった。

 
 タフでありしぶとい、生き延びるためには悪事にも手を染めるが常に夢を持っているということである。戦闘能力もそこそこあるのだが、本当のプロに叶うほどの能力ではない。プロと一対一で対峙すれば、勝ち目はない。本来なら持ち前の狡猾さをもって、対峙する前にさっさと逃げているべきなのだ。

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 本書の主人公、ビル・ケアリもそんな男だ。第二次大戦中、イギリスの情報機関に協力しナチスドイツ勢力圏などへの諜報員送迎を担当するパイロットを務めたことがある。それゆえに基礎的な戦闘・サバイバル訓練は受けていて、街のヤクザ程度なら難なく叩きのめすことができる。
 
 戦後18年、中年の域に入っても空を飛ぶ仕事をし、航空事業を拡大したい夢を追い続けている。ビジネスがうまいわけではなく、現実は廃棄寸前のオンボロ水陸両用機ビーバーを駆って航空輸送を続けている。
 
 スカンジナビア半島の北極圏にあるラップランドは、夏だけ経済活動ができる。ケアリはこの夏ニッケルの鉱脈を探す仕事を請け負って毎日飛んでいるが、鉱脈はみつからない。
 
 ある日アメリカの富豪がやってきて、無人地帯への送迎と滞在中の補給を依頼される。ホーマーというこの男、時間も金もありまるほど持っていて世界中で猛獣狩りをしているという。今回はラップランドのヒグマを撃つのが目的で、所持している銃器も高価で良く使い込まれている。
 
 物語はラップランドに国境を接するソ連への金貨の密貿易や、湖底で発見されるナチスの戦闘機の残骸とパイロットの白骨遺体、ケアリの仲間のパイロットの事故死、ホーマーの妹を名乗る美女の登場などいろいろな事件がからんできて複雑な様相を呈する。
 
 最初(多分高校生の時)に読んだ時には、ケアリ対ホーマーの一対一の決闘シーンだけが印象に残っている。猛獣を狩りつくしてもっと凶悪な獲物を求めるホーマーにとって、銃を持ったタフガイであるケアリは理想的な獲物なのだ。ホーマーにとっては最も危険なゲームという位置づけ。
 
 確かに決闘シーンは面白いのだが、今回はそれに至るケアリの言動、仇敵である元ナチスの諜報員との邂逅、水上機事故の謎解きなど興味深いストーリーで、立派なミステリーである。40年を経て読み直してみるのもいいものですね。

カリブ海でのCIA工作

 プリンス・マルコには、どうしてもお金が必要な事情がある。オーストリアのリーツェンの城の復旧が(CIAからのお金で)進み、ようやく一部で住めるようになったのだが、まだまだお金が必要なのだ。その上フィアンセのアレクサンドラ(毎回名前だけ出てくる美女!)は贅沢好きときている。


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 CIAがカリブ海の島国ハイチで反政府派の男らを支援し政府転覆を図ろうとするにあたり、マルコを反政府派の糾合のために現地に送ろうというプランが持ち上がった。政府/反政府とは言うけれど、ハイチは暗黒組織<トントン・マクート>の黒幕一族が支配している国であり、反政府派の男も元は<マクート>一味の有力者だった。
 
 その男に肉親を虐殺された過去を持つ女闘士がいて、こちらも反政府の旗手なのだが当然仲がいいわけがない。この2人が手を組んで放送局を占拠し市民に訴えかければ、付近に待機している米軍海兵隊が上陸し2人を支援して「親米政権」が樹立できるというのがそのシナリオ。
 
 これは隣の国キューバで実際に行われた「ピッグス湾事件」を彷彿とさせる。CIAが亡命キューバ人を組織化して祖国に上陸させたものの彼らを見殺しにせざるを得なくなり、のちの「キューバ危機」へとつながっていく。2人に手を組ませるというあり得ないようなミッションに、さしものマルコも取り合わない。しかしそこで提示されたのが、法外な報酬50万ドル。通常マルコの1ミッションは10万ドルが相場で、今回は手付金だけで10万ドル、成功報酬40万ドルというものだ。
 
 そんなわけで、いつも命の危険にさらされるマルコではあるが、一段とリスクの高いミッションを背負ってハイチに出向くことになる。第一その反政府派の男は<トントン・マクート>に追われて地下に潜っており、居場所を探し出すことさえ難しい。現地のCIA支局長も大使館も、決して協力的ではない。ここから後は、現地の原始宗教である「ブードゥー教」の怪しげな影のもとで、残虐な手段を使う暗黒組織や美女が乱舞することになる。多くの血が流れ何度も絶望に襲われながらマルコは目標の2人を放送局占拠に向かわせることには成功するのだが・・・。
 
 マルコへのミッションは、総じて防御的なものが多い。今回は珍しく攻撃的なものだ。だからこそ、いつもの5倍の報酬が用意されたわけだ。巻末の書評によれば「スーパースパイであるマルコも失敗することがある。失敗例も書くのが作者ヴィリエの凄いところ」ということだが、ミッションの内容を考えれば「成功」のシナリオは書きづらいテーマである。このテーマを選んだ段階で「失敗譚」になることは決まっていたように思う。
 
 1971年発表の本書はその時代、大小の攻撃的なトライアルをCIAがしていたことを窺わせますね。

クロフツのレギュラー探偵

 けれん味たっぷりの名探偵ではなく、地道な捜査をする普通人探偵を主人公に「樽」でデビューした鉄道技師F・W・クロフツも、やがてレギュラー探偵を持つようになった。それがこの人、フレンチ警部である。原題も「Inspector French & The Starvel Tragedy」となっているから、まさにフレンチ警部の物語だ。

 荒野(ムーア)の広がる田舎町、スターヴェル荘の主人は陰湿な守銭奴で唯一の肉親である姪にも冷たくあたる。しかし彼も病を得て、今は(これも狡猾そうな)召使夫婦の世話を受けている。姪が高校を卒業し寄宿舎から帰って2年、彼女が初めて宿泊を伴う旅行にでている間に館は焼け落ち、主人も召使夫婦も黒こげ死体になってしまった。


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 主人は金庫に20ポンド紙幣を溜め込む性癖があったが、火事で全ての紙幣は灰になり財産としてはわずかな金貨が残っただけである。ところがやり手の銀行支配人は届けた20ポンド紙幣の番号を控えていたことから、火事は事故ではなく強盗殺人事件の疑いが出てくる。灰になったはずの番号の紙幣が、再び銀行に戻ってきたのだ。そこで、スコットランドヤードフレンチ警部が田舎町に派遣されてくる。

 シチュエーションとしては「警察小説」なのだが、後年の87分署シリーズのように刑事集団ではなくあくまでフレンチ警部とその他の警官の区分がある。現地の巡査部長や郡警察長(少佐の肩書きがある)もロンドンの首席警部も、フレンチ警部の協力者ではあるが「相棒」とは呼べない。
 
 フレンチ警部は、保険調査員だと身分を偽ったり、針金で合鍵を作って家宅侵入までやってのける。それも全て単独捜査なのだ。変装したり神出鬼没だったりするのは、シャーロック・ホームズやアルセーヌ・ルパンらの得意とするところで、フレンチ警部は彼らと本当の警官との中間的な存在に見える。それでも金庫(あとで耐火金庫だったことがわかる)の灰を仔細に調べたフレンチ警部は、灰が新聞紙であることを突き止める。(うーん、科学捜査かな?)

 それでも彼が普通の警官っぽいと思えることもある。読者には全然推理を明らかにせず最後に「犯人はお前だ、最初から分かっていた」などと見栄をきったりはしないし、首席警部は引退時だしこの事件で手柄を立てれば昇進できるかもなどとほくそ笑んでいたりする。
 
 登場人物は少なく、犯人を「当てる」のであればそのHIT率は高くなるかもしれない。ただ作者の意図は、意外な犯人を暴くではなくフレンチ警部の捜査プロセスを追うことにあるのかもしれない。本書は初期の名作とも評されているが、今回初めて読んでそれなりに面白く読めました。クイーンやクリスティと違い、こういう隠れた作品が出てくるのはありがたいですね。
 

印象の薄い名探偵

 「アリバイ崩し」というミステリーのジャンルはクロフツの「樽」に始まったものの、発達したのはユーラシア大陸の反対側の島日本でだった。先日紹介した松本清張「点と線」森村誠一「新幹線殺人事件」など名作が生まれ「時刻表もの」というジャンルを形成した。ただトリックには限りがあると思われ、この2人の作家もこの手の作品を量産したわけではない。

 

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 斎藤栄ほかの作家も時刻表ものは発表したのだが、これを徹底的に追求した作家もいる。それが本書の作者津村秀介である。雑誌の編集者や新聞の顧問などジャーナリストの経験が長く、レギュラー探偵浦上伸介は「週刊広場」を中心に活動するフリーのルポライター、相棒で先輩の谷田実憲は「毎朝日報」の記者だ。
 
 本書の事件は、アメリカ在住の日本人富豪/遺産相続者が殺されたと思われるものだ。死体は出ていないのだが、殺害現場は伊豆地方(熱海から伊豆北川)と見られ、容疑者は同じ温泉でも北陸の片山津にいたというアリバイがある。
 
 アリバイ崩しの名探偵浦上伸介は、バッグに一眼レフと時刻表を詰めて伊豆と北陸を往復する。被害者のものと思しきハンドバックが熱海で見つかるのだが、容疑者のアリバイは崩れない。
 
 このシリーズ、真野響子橋爪功主演で2時間ドラマとしてたくさん放映されたので、覚えておられる方も多いと思う。作者がジャーナリストゆえ、ルポライターと新聞記者を探偵役にしたのだろうが、容疑者からアリバイを聞くシーンなど、ジャーナリストでは限界があるだろう。TVドラマでは探偵役を弁護士/事務所に設定していた。
 
 面白くて20~30年前にたくさん読んだものだが、名探偵浦上伸介の印象が希薄である。将棋好き、酒好きで独身の30歳前後、というのではインパクトがない。内田康夫浅見光彦のように、探偵自身が有名になることは無かっただろう。作品としては面白かったのですが、レギュラー探偵の印象が薄かったのは残念ですね。

B-25の奇襲低空爆撃行

 ギャビン・ライアルはマクシム少佐シリーズを書く前に、単発ものを7作書いた。本書もそのうちの1冊、1966年の発表である。元戦闘機パイロットであるキース・カーは、カリブ海で細々と運送業を営んでいる。朝鮮戦争では3機の敵機を撃墜したベテランだが、平和な時代に起用に生きる能力は少ない。愛機は、中古のダブ。


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デ・ハビランドDH.104ダブ
 ・全長 12.1m、全幅 17.4m、全高 4.1m
 ・巡航速度 240km/h
 ・乗員 2名、乗客 最大11名
 
 彼はカリブの(架空の)小国レプブリカ・リブラ空軍にいる元戦友から、同空軍の主力戦闘爆撃機パイロットに高給で誘われるが断っている。同国では革命派の武装勢力との紛争が激化し、強力な戦力としてヴァンパイアを1ダース購入・運用し始めていたのだ。
 
デ・ハビランドヴァンパイア
 ・運用開始 1945年
 ・全長 9.4m、全幅 11.6m、全高 2.7m
 ・最大速度 861km/h
 ・固定武装 20mm機関砲×4
 
 その後同国付近を飛行していたカーは、威嚇をかけてきたジェット戦闘機ヴァンパイアを低空に誘い込み機動を仕掛けてこれを「撃墜」する。その結果、カーはリブラに拘留されダブも取り上げられてしまう。そんな彼に高名な西部劇俳優を含む映画ロケ隊が仕事を依頼してきた。最初は空中からの撮影の仕事だったが、実はリブラの革命派を支援しようという企みだった。撮影用として俳優たちが調達したのは、第二次世界大戦時代の爆撃機B-25だった。
 
◆B-25ミッチェル双発爆撃機
 ・運用開始 1941年
 ・全長 16.1m、全幅 20.5m、全高 4.8m
 ・最大離陸重量 19,000kg
 ・最大速度 442km/h、巡航速度 370km/h
 ・作戦行動半径 2,170km
 ・乗員 6名
 ・固定武装 12.7mm機銃×12門
 
 B-25はより高速だが航続距離の短いB-26とほぼ同時に実戦配備されたが、後者は欧州戦線・前者は太平洋戦線に優先的に配備された。戦史マニアには、ミッドウェイ海戦のきっかけを作った「ドゥーリトル東京空襲」の主役として知られている。50口径ブローニング機銃12門の破壊力はすさまじく、太平洋戦争ではシーレーン攻撃に使用され多くの日本船が犠牲になった。
 
 とはいえ戦後20年経った老朽機。方々にガタが来ていて、飛ぶのが奇跡のような機体である。カーはこれでリブラ空軍の基地を奇襲、滑走路上のヴァンパイアを破壊する作戦を行うことになる。しかし手配した爆薬は届かず、結局漁網にくるんだレンガを滑走路に叩きつけて戦闘機を(一時的にせよ)無力化するという無謀な攻撃をする羽目に。
 
 カーの、B-25に対する「愛」さえ感じさせる整備の過程が詳しい。他にもクラップスのイカサマダイスや、散弾を撃つ拳銃「スネークガン」など小物が面白い。結論として非常に面白い航空冒険小説なのだが、邦訳タイトルの付け方には異論がある。映画ロケ隊の陰謀を背景しているから「本番台本」なのだろうが、もう少し戦闘・戦術的な題名の方が良かったのではないでしょうか。