新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

戦車一両、敵中を行く

 冒険小説の雄ギャビン・ライアルは最初レギュラーの主人公を持たず単発ものを書いていたが、元SAS少佐ハリー・マクシムを主人公にしたシリーズものにも手を染めた。これらがなかなか面白い。マクシム少佐は妻のジェニファーをテロで失い、半ばヌケガラとなっているところを「ダウニング街10番地」にスカウトされる。

 

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 本書の前に「影の護衛」から計3作発表され、1988年の本書は第4作にあたる。名にし負うイギリス一番の特殊部隊SASで戦闘能力も高く、実戦経験も豊富な彼としては、前3作では諜報戦や対テロ戦ばかりに投入され、ある意味無聊をかこっていたかもしれない。しかし今回は、ヨルダンの砂漠で戦車を駆って敵中突破を図ると言う、軍人らしい活躍をする。
 
 英国陸軍は次期主力戦車として「MBT90」を採用試験中だが、ヨルダンなどの他国に売り込むことを図って試作機を渡していた。開発直後で単価の高いうちは採用したくないのが陸軍の本音。他国が採用してくれて、量産により単価が下がってから買いたいわけだ。
 
 ところがヨルダン軍が採用試験中に同国でクーデターが起き、反乱軍の真っ只中にMBT90が取り残されてしまう。最新の軍事技術を敵性国家に渡さないように、これを破壊しなくてはならない。ヨルダン軍の試験担当将校はロンドンで殺されるが、マクシム少佐にMBT90の「隠れ家」の位置を伝えてから息絶えた。
 
 マクシム少佐は「隠れ家」の情報を持ってアカバ湾に飛んだが、現地の人手不足からMBT90の破壊作戦の指揮を執る羽目に。しかしMBT90を破壊する前に反乱軍地上部隊の攻撃を受け、MBT90の主砲で撃退するものの脱出用のヘリを失う。マクシム少佐は、MBT90の設計者、ヨルダン軍の軍曹、ヘリの観測手という寄せ集めのクルーで、反乱軍のチーフテン戦車やミサイル搭載のランドローバーと戦い、砂漠を抜ける逃避行を行うことになる。
 
 近代的な戦車の戦い方、動かし方、応急修理に加えて砂漠という環境の厳しさをヴィヴィッドに描いた傑作だと思う。マクシム少佐の負傷しながらの活躍も特筆。これで、買ってあるマクシム少佐のシリーズは終わりなのですが、もっと出ませんかね。読みたいです。

私的多国籍軍のターゲット

 フランスだけではないが傭兵部隊というのは、先進国の軍隊にとって必要悪である。早くに先進国になったフランスという国は、人口減少・少子化が早く訪れたので自国の防衛に傭兵隊を重視せざるを得なかった。傭兵というのは実に古い職業で、山岳地帯の国(スイス、ネパール)などは、最大の輸出品は傭兵だったのである。

 

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 なかでも有名なのは、フランスの「外人部隊」。フランス国籍を持たない17~40歳の男性なら誰でも入隊できるが、最初の訓練で75%が振り落とされるという狭き門である。フランス人はというと、軍から派遣される将校のみ(これも十分な資質がないといけない)である。
 
 本書の語り手ラウル・デュヴァリエ大尉もそんな派遣将校のひとり。オリンピックにも出たアスリートであり、軍人の家系(父親は将軍)に生まれたエリートだ。サン・シール士官学校を首席で卒業、有名モデルを妻にして人も羨む人生を送っていたが、ベトナム紛争の激戦地ディエンビエンフーで運命を狂わされる。
 
 ディエンビエンフーの敗戦については詳述しないが、外人部隊最大の敗戦だったことは確かである。ヴェトナム軍の戦力を甘く見たフランス軍はここで植民地への支配能力を事実上失った。デュヴァリエ大尉は運転の腕を買われて、外人部隊の隠し金を運ぶミッションを請け負う。外人部隊は満足させる報酬(ニンジン)を常に隠し持っているようだ。しかしラウルがたどりついた陣地は全滅、金を埋めて隠した彼を除いては全員殺されてしまう。彼自身も両足の機能を失い、長く幽閉/拷問を受けて半分の隠し金を埋めた場所をヴェトナム軍のミン大尉に教えてしまう。
 
 それから20年車椅子の会計士となったラウルは、外人部隊の後輩たちを選別し残った半分の金塊を取り戻す作戦に着手する。これに協力するのは、サン・シールの同期生ケーニグと彼が育てたアメリカ人フランクと、これに加わるアイルランド人、ドイツ人、イギリス人の外人部隊員。彼らにからむ女性たちや彼らの生い立ちを含めて、ディープな人間模様が描かれる。彼らの「レインボー作戦」は、アメリカ軍がヴェトナムから撤退した直後の混乱に乗じて発動される。
 
 作者のダグラス・ボイドの経歴は良く分かっていない。英国の諜報員だったとも言われているが、外人部隊はもちろん軍務経験はないようだ。しかしフランス外人部隊の調査は綿密で、20歳前後の若者(犯罪者も含まれます)がどのようにして結束した戦士になるのかが描かれている。本書は彼のデビュー作ですが、戦闘シーンは普通ながら人間模様は非常に緻密なものでしたね。

中立国スウェーデン

 近年ロシア軍のバルト3国侵攻や、バルト海を渡ってスウェーデンへの侵略があるのではないかと噂されている。国内経済はマイナス成長だし、内政にもほころびが見られる。このようなロシアの危機は1980年代半ばにもあった。トム・クランシーの「レッド・オクトーバーを追え」もそのころ発表されたものだが、本書も同時期ソ連軍のスウェーデン侵攻を巡る軍事小説である。

 
 面白いのは、作者が「警察署長」でデビューしたスチュワート・ウッズであること。彼は寡作家で、1ダースほどの作品しか発表していない。初期の頃は、全く趣の違う作品を出していて、「警察署長」は重厚な歴史ドラマであり犯罪小説だった。一転本書は諜報ものであり、軍事スリラーでもある。
 
 ソ連の潜水艦乗りヘルダー中尉は、スペツナズを統率する大物マジョロフ大佐に見いだされ、ストックホルム沿岸にブイに見せかけた核爆弾を設置する極秘任務を成功させる。一方米国CIAのソ連担当課長キャサリンは、バルト海ソ連軍の活動が活発化し、ソ連教育機関スウェーデン語の授業が急増していることに気付く。
 
 マジョロフ大佐はラトビアの港町リエビアに、暗号名「MALIBU」という秘密基地を設けて、スウェーデン侵攻作戦の準備をしていた。すでに9,000名のスペツナズスウェーデンに潜入、侵攻軍は12万人を数える規模である。行政、軍事の主要拠点を奇襲で抑えた後、スウェーデン語を学んだ行政官を配置しソ連編入してしまう作戦である。スウェーデンNATOの一員ではなく、スイス同様の中立国だからこのような侵攻が成り立ちうるのだ。

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 CIAやスウェーデンにもマジョロフの協力者がいて、意見が通らないキャサリンはイタリア人のハッカー、エミリーオを「MALIBU」に潜入させて証拠をつかもうとする。エミリーオは当時の最新鋭機種であるIBM-PC/ATを用いて、情報をハッキングする。最後は、8インチフロッピーディスクに情報を入れてヨットで脱出するのである。
 
 インターネットもない時代のハッカー、エミリーオの立ち居振る舞いが面白い。コピーの速度が9,600bpsだからすぐできる、などとあるのには懐かしさを感じた。IBMのパソコンPC-ATが出てくるのだが、大体ATって何の略なのか、ほとんどの人は知らないだろう。(Advanced Technologyのことです) ひょっとすると最初のハッカー小説だったのかもしれません。

ベレスフォード夫妻、最後の挨拶

 1922年に「秘密機関」でデビューしたおしどり探偵、トミー&タペンス・ベレスフォード夫妻。1973年発表の本書では70歳代もなかばになり、リューマチがどうのとか背中がつっぱると嘆いている。10歳代の孫もいる二人だが、冒険心は全く衰えていない。

 

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 物語は、二人が長く空き家だった家に引っ越すところから始まる。前の家に所蔵していた本を整理し「本当に必要なものだけ」(タペンス)持ってきたのだが、新居の書庫にも多くの本が残されていた。最初はブツブツ言っていたタペンスだが、元々本が好きで、子供のころ読んだ児童書もあったことから嬉々として読み始める。探偵としてのエラリー・クイーンも「愛書狂」と称しているが、作者のクイーンもクリスティも書籍好きなことは疑いがない。
 
 タペンスがその本の中に「メアリ・ジョーダンの死は自然死ではない」との暗号文を見つけたことから、また諜報戦に巻き込まれる(というか首を突っ込む)。メアリとは誰なのか、暗号を残したのは誰なのか、またいつの時代のことなのか、二人と愛犬ハンニバルの冒険が始まるのである。
 
 二人は第一次世界大戦が終わったころから「明るいスパイ活動」を始め、ヒトラーが倒れてからも当局との関係は保っていた。タペンスは土地の老人に聞き込みをし、トミーはロンドンの昔の諜報仲間に会いに行く。

 登場人物の多くが「後期高齢者」。発表当時作者のアガサ・クリスティーは83歳であり、半世紀以上前の事件に挑む自分の分身であるトミー&タペンスの姿を温かく描いた。本書は彼女の64作目の長編であり、最後の作品になった。3年後の1976年に彼女は永眠したので、本書はトミー&タペンスだけでなくクリスティー女史自身の最後の挨拶にもなったのです。

旧式兵器の競演

 「超音速漂流」でデビューしたトマス・ブロックは、米国大手航空会社のパイロットである。現職のうちに作家デビューを果たした。職業柄、民間航空機のハイジャックものが得意なのだが、本書(第三作)では本格的に軍事知識を盛り込んで、大規模犯罪とこれに立ち向かう民間航空機のパイロットや乗客の姿を描いている。

 

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 トランス=アメリカン航空が米国内で移送する15,000ドル相当の金塊奪取を企む男マクルアは、複雑かつ綿密な計画を立てる。まずイラン海軍の将校をだまし、同国の潜水艦シャラフ号の乗っ取りに成功する。シャラフ号はもともと米国海軍のディーゼル潜水艦トラウト号で、旧式になってイラン海軍の供与されたものだ。この何十年いがみ合っている両国だが、蜜月時代もあったのである。
 
 次にマクルアはサウスカロライナの港に係留されている記念展示艦ヨークタウンを洋上に出す。いずれも、元潜水艦乗りや記念艦の管理人などを巻き込んでの荒技である。最後にマクルアはトランス=アメリカン航空のDC9の後をリアジェットで追う。機内に仕掛けた爆弾を遠隔操作で爆発させるぞと脅し、機を海へと向かわせる。機長オブライエンは負傷した副操縦士に替わってシートについてくれた民間パイロットジャネットの助けを借りて、マクルアたちの企みと戦う。
 
 マクルアの狙いは、DC9を洋上のヨークタウンに着艦させ、金塊を降ろして潜水艦に積み替え、遁走するというものだった。マクルアは犯行の過程で利用した者たちを容赦なく始末していて、DC9の100名を越える乗員乗客もヨークタウンに閉じ込めたまま魚雷で沈めてしまうつもりだ。旧式兵器ばかりとはいえ、洋上プラットフォームとしてDC9を着艦させるならヨークタウンは使えるし、逃走するには静粛性の高いディーゼル潜水艦が都合がいい。
 
 マクルアのバラ撒いた欺瞞にすっかり惑わされた米軍の対応は遅れ、オブライエンたちは自らを守るために戦わなくてはならなくなる。徒手空拳の彼らだったが犯人グループにだまされていたことに気付いた記念艦管理人の助力により、反撃の手段を見つけることができた。それは格納庫に展示されていたB-25「ミッチエル」。
 
 ここに出てくるヨークタウンはエセックス級の空母、ミッドウェイで沈んだ艦の名前を冠して就役したもの。邦題「盗まれた空母」は適切なものではなく、原題「Forced Landing」の方がずっとぴったりしている。旅客機を空母に着艦させる犯人グループの狙いと、B-25を発艦させるオブライエンたちの試み、この2つをサスペンスフルに描いた傑作だと思いました。