新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

コーンウォールの芸術家たち

 本書は、ジェイニー・ボライソーのコーンウオールミステリーの第三作。「しっかりものの老女の死」から数ヵ月、季節は冬になっている。4年前に夫のディヴィッドを癌で亡くしたローズは40歳代後半、一時期親しくしていたピアース警部との仲は進展せず、今は画家のニックが恋人候補だ。

 

 ローズ自身も写真家で画家なのだが、本書には多くの芸術家が登場する。ケルトの文化が残るコーンウォール州は、大西洋に突き出した槍のような形状の半島。住民は迷信を信じ霊感に優れる人が多く、他の地方からやってくる人は少ない。メキシコ湾流が槍の先端にぶつかって2つに分かれるところだから、漁業が盛ん。ローズの親友ローラの夫も漁師だ。

 

 クリスマスが近く緯度の高いイギリスは陽が短いが、メキシコ湾流のおかげでさほど寒くはない。コーンウォール州は11月には雨がちだが、12月になると逆に温かい「小春日和」が続くという。すっかり葉の散ったアジサイに新芽がふくなど、12月には水仙はじめ多くの花が咲くらしい。

 

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 有名な画家ドースンの助力も得て油絵への挑戦を再開したローズは、廃坑近くで写生をしていて女の悲鳴を聞きつける。消防や警察が駆け付けたが、異常は見つからない。元恋人のピアース警部にも叱られてしまった。

 

 前作の最後にローズの前に現れた画家ニックは、いい男なのだが子供のようなところがある。しばらく同棲していた若いモデルのジェニーが出て行って、ローズに接近してきた。彼らに昔からローズと親しい画商のバリーやピアース警部も絡んで、三角どころか五角くらいの複雑な関係が生まれる。しかもみんなアラフィフなのに・・・元気なことである。

 

 しかしローズが再び廃坑近くで悲鳴を聞き、今度はジェニーの死体が見つかった。さらに、死後20年ほどは経っている白骨死体もあった。容疑はニックはもちろんローズにもかかり、ローズはやむなく三度目の事件解決に乗り出す。

 

 作中、登場人物はよくワインを呑む。ビールやスコッチよりずっと一般的なようだ。温暖な気候で、この地でもいいいワインが醸造できるのかもしれない。女性作家ゆえに、コーンウォール特有の料理が何度か登場する。カニ肉をチーズであえてパテを作りサラダやライスとともに前菜に、メインはラム肉のケバブと多国籍料理が紹介されている。

 

 事件を追うより風景や料理を愛でるのがこのシリーズの特徴で、本書は特にその色彩が強かったです。

「下流老人」への反論

 昨日、藤田孝典著「下流老人」を紹介したが、不幸な人たちの例を次々挙げ、

 

・彼らが「自助」出来なかったことを責めるのではなく、

・人間関係が薄くなり「共助」にも頼れない今、

・もっと税金を投入して「公助」を拡大すべきだ。

 

 という論調には同意できないと思った。そこでふと思い立って手に取ったのが本書。「下流老人」が発表された翌年の2016年に「大きな政府=小さな国民」と主張される渡部昇一教授が、86歳で到達した境地を記して出版された本だ。筆者は執筆の契機に「下流老人」という言葉が流行ったことを挙げている。

 

・ただただ「下流」になることに怯えるのは人生の大きな損失。

・老後は人生の実りの収穫期、よほどの不運でなければ自己責任。

・「社会が間違っている」と叫んでも、自らは自分が守るしかない。

 

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 それでは筆者の到達した「快老生活」とは何かというと、

 

・体を鍛えるには限界があるが、脳力は鍛えられ記憶力は衰えない。

・人生の大博打は結婚だが、何よりも大事なのは家族。

・詩や和歌などを愛で、完成された(文系)学問を修養する。

 

 ということらしい。社会制度に関しては若いころに師事した「知の巨人」ハイエクの言葉を引用して「私有財産制は、財産を所有する者だけでなく、所有しない者にとってもそれに劣らず、最も重要な自由の保障である」といい、金持ちへの嫉妬を煽り自由市場に政府が過度に介入すると、すべての市民を不幸にすると述べている。これが「下流老人」への反論だと思う。

 

 筆者は西ドイツ・英国への留学歴があるが、西ドイツが敗戦国ながら自由市場尊重で栄え、英国政府が市場に介入した故貧しくなったと、実例を挙げて上記を説明している。苦難の英国を(一時期)救ったのが、サッチャー改革であったことも付け加えられている。サッチャー首相は、ハイエクの信奉者だった。

 

 86歳の現在、以前はありがたがって読んでいた「文学」がつまらなく思えてきたともある。では何がいいかと言うと、上記のように完成された文学である詩や和歌には新たな感動を覚えるとのこと。英文学の専門家らしくE・A・Poeの詩>を暗唱しているともある。一方エンターティンメントは色あせないとして、例えば岡本綺堂の「半七捕物帳」は楽しめるそうだ。

 

 自然科学は未完成な学問と一刀両断されたのは気に入りません。デジタル技術などはその典型ですから。でも著者の教えは痛いほどわかりますよ。

社会保障改革要、そこまでは同意

 2015年発表の本書は、当時流行っていた「ピケティ理論」にも乗って、日本の格差社会を告発してブームを巻き起こした書である。筆者の藤田孝典氏は生活保護や貧困対策に注力するNPO代表で、Web上の論客としても有名だ。

 

 本書は高齢者間の格差が広がり、現役時代普通の生活をしてきた人でも「下流老人」の陥る可能性があるし、今の若い人の世代にはその可能性が著しく増すと警告している。「下流老人」の特徴は3つの「ない」にあるという。

 

・収入が著しく少「ない」

・貯蓄がほとんど「ない」

・頼れる人がい「ない」

 

 65歳以上の無職高齢2人世帯の平均月収入(年金など)は約21万円、ここから社会保険料等3万円を引いた18万円が可処分所得だが、支出は24万円なので約6万円を貯蓄等から補填しないといけない。現役時代に十分貯蓄できなかったり、病気等で貯えを失うとたちまち家計破綻に追い込まれるとある。

 

 本書の前半は、著者がNPOの現場で出会った不幸なケースが紹介されている。最後のセーティネットである生活保護は満額で13万円/月程度支給されるが、それ以下のお金で生活をしている人は少なくないとある。本来生活保護が必要な人をどれだけカバーしているかという捕捉率は、日本では1/3に満たないともいう。

 

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 かつて400万円の年収があれば普通に暮らせたが、今はそれでは苦しい。その理由は、

 

核家族化、非婚化で家族単位が小さくなった。

・(特に都会で)物価が高騰している。

・家族の関係が希薄化し頼れなくなった。

 

 悲惨な孤独死を防ぐため、NPOでは生活保護受給を勧め支援するのだが、

 

・オカミに頼りたくないという意識

生活保護切り下げをする政府与党

・行政窓口での手続きなどのハードル

 

 があるので社会保障制度改革が必要だと、いくつかの提言をしている。提言そのものに異論はないが、その財源として富裕層狙いや資産課税を主張しているのは問題だ。今でも十分大きな政府だし、富裕層に増税すればTAX Payerが日本から減り、TAX Eaterばかりの国になる。今は稼げる人を呼び込むために、累進課税の緩和を考えるべきと竹中教授らは言う。

 

 筆者はWeb記事で小泉・竹中改革を非難し、非正規を増やした元凶と言っています。しかし社会制度改革要と言う点では両者は一致、Basic Incomeなどは合意できるかもしれません。一度「朝ナマ」あたりで議論してもらいたいものです。

初期のポラロイドカメラ

 本書は「刑事コロンボ」全60余話の中でも、ベスト10級の名作と言われる作品。主人公(犯人のこと)が高名なカメラマンであったことと、表紙の絵にある古いポラロイドカメラが重要な役割を果たしていることから、僕の印象に残った作品でもある。

 

 放映は1975年だが、ノーベライゼーションされたのは1994年。そのため事件の背景やカメラのメカニズムなどに、1970年代の色が残っている。1975年には僕は大学生になったばかり、愛用のNikomatFTNを抱えて写真を撮りまくっていたころだ。

 

 ベトナム戦争の報道写真などで二度も「ピュリッツアー賞」を受けた写真家ポールは、若くして結婚した年上女房フランシスに手を焼いていた。若く美しい助手ローナの登場もあって、なんとか離婚したいのだが秘密を握られていてそうもいかない。

 

 ポールはかつては報道・ドキュメンタリー写真家として名をはせたのだが、今は有名人やお金持ちのポートレートを撮ることで収入の大半を得ている。もう一度屋外で思い切り写真を撮りたいという心に逆らえず、「挑戦」に邪魔な妻フランシスの殺害計画を立て始める。

 

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 刑務所でのドキュメンタリー写真を撮ったことのある服役囚アルが出所することから、彼を巻き込んで妻の偽装誘拐事件を起こし妻を殺害、誘拐犯としてアルも射殺し全てを葬ろうとする。緻密な計画は、アルを殺した直後にアル中の浮浪者と遭遇することで狂い始めた。

 

 例によって「上級市民」である写真家ポールや出版社社長などのところに、浮浪者同然の姿で現れるのがコロンボ警部。今回は特にひどく描写されていて、目撃者の浮浪者を探しに救済食堂へ出かけると・・・

 

 「初めてですね。歓迎します。遠慮なさらずに・・・ひどいコートね。昨日寄付があったコートを探してきてあげますわ」

 

 とシスターにもてなされてしまう。バッジを見せて身分を明かしてからも、

 

 「まあ、さすがにプロですわね。浮浪者そっくりに変装しての捜査ですか?」

 

 と褒められる始末である。一方ポールからは、カメラの使い方や選択(ストロボ付きのコンパクト:ピッカリコニカかな?)を薦められる。ポールがアリバイ造りに使ったポラロイドカメラは、なんとネガが残るというもの。初期のポラロイドはそうだったと本書にある。

 

 映像は忘れてしまったのですが、写真のことも含めて懐かしく読み終わりました。残されたコロンボ物はほんの数冊です。

山男善人説を覆し

 以前「高層の死角」「新幹線殺人事件」を紹介した森村誠一は、初期の6長編が第一期と言われている。今は「棟居刑事もの」などシリーズ作も多いのだが、このころは全て舞台の違う単発ものを発表していた。本書はその中の第五作にあたる。

 

 ホテルマンを10年勤めて人間を見る目を養ったと評論家の推薦状にあるように、組織(特に大企業)の中で生きる人間像には冷たいスタンスなのが特徴。本書でも主人公の美女湯浅貴久子を通り過ぎる3人の男のうち、一人は一流商社、一人は都銀に勤めていていずれも会社幹部の娘との縁談で貴久子に別れを告げる。本書発表の頃は高校生だった僕、その後社会人になって思ったのは作者のこの考えはステレオタイプすぎないかということだった。

 

 この点を除けば、本書はなかなかの力作である。各々数ページにわたる断崖登攀のシーン、死者を荼毘に付すシーンは圧巻の迫力を持っている。冬山に挑む装備についても詳細な記述がある。ただ高校生の時に読んで大変そうだなと思ってしまい、山に登る趣味というのは完全にあきらめた。

 

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 最初の恋人に去られて自暴自棄になり、冬山で倒れた貴久子を救ってくれたのは影山と真柄という二人の山男。3人での交際が始まり、やがて貴久子は才気煥発な影山に惹かれて結婚の約束をする。無骨な男真柄も貴久子を好いていたのだが、2人を祝福する。3人は信濃大町に近いK峰登山を企画、先行する影山が山頂からライトで信号を送りふもとの山小屋にいる貴久子に合図することにした。

 

 しかしその夜、合図に続いて貴久子が見たのは「SOS」の信号だった。急を聞いて救助に向かった大町警察熊耳警部補らは、山頂近くで影山の死体を発見する。当初は落石に当たった事故と思われたのだが、ヘルメットの壊れ具合に不審を抱いた熊耳は、独自の調査を始める。他殺と信じた彼だったが、現場は絶壁や雪田に囲まれた「密室」、唯一の容疑者には鉄壁のあリバイがあった。

 

 トリックそのものは難しいものではないが、山男でもある熊耳警部補の執拗な捜査は面白い。反面、ヒロイン貴久子の心理描写にはややうなずけないところもある。作者は大学ではハイキング部、山歩きは趣味だということで「山男」の行動や心理にはリアリティがある。「山男善人説」も丸々信じるのは無理がありますよね。