新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

火種は20年まえから分かっていた

 本書は、歴史家・評論家の高崎通浩氏が2002年に発表した「世界を知るデータブック」の1冊。東南アジアから中近東まで、インド・中国といった大国まで含めた民族・宗教の分布と紛争のタネを列挙したもの。少し古い本だが、20年程度では「火種の地図」に変更はないようだ。

 

◆中国

 回族・ウィグル族・満族チベット族モンゴル族・ミャオ族などの少数民族が、漢族と同居しているのが特徴。少数民族エリアに漢族が支配階級として入り込んでいるようだ。この時点での最大課題は、ウィグル独立問題。スンニ派イスラム教徒が主で、漢族に比べ圧倒的に子だくさん、独立はもちろん人口増も漢族にとっては脅威だ。

 

◇インド

 基本的にはヒンドゥー教国家だが、言語はバラバラ。言葉が一緒でも文字が違うという地域・部族も多い。パキスタンバングラデッシュにちかいところではイスラム教徒も多く、カシミール地方領有を巡ってはパキスタンと深い対立関係にある。またシーク教徒と言う過激集団も、火種のひとつ。

 

アフガニスタン周辺

 スンニ派タリバーン支配地域が広いが、部族間対立は激しい。パキスタンにまたがるパシュトゥーン族が多数派といっても、統一して動くわけではない。

 

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ミャンマー

 中央の平野ではビルマ族が多いが、周辺地域には多くの少数民族が(固まって)暮らしている。そんな地方への、ビルマ族の浸透はあまりない。軍事政権はロヒンギャ討伐を繰り返しているが、彼らを「市民」とは見ていない。

 

◆フィリピン

 南部ミンダナオ島などに住むモロ族は、イスラム教徒でもあり独自の文化を誇りに思っている。北部の支配層(キリスト教徒)に抵抗して海賊行為などもしていた。かつてフィリピン全土を支配していたとして、分離独立の機運は今も衰えていない。

 

クルド人

 トルコ・シリア・イラク・イラン・アルメニアにまたがる地域に住む、遊牧民族。本来オスマン帝国支配下で自由に暮らしていた人たちが、機械的にひかれた国境で分断されている。戦闘力も高いので、各国政府にとっては悩みの種。

 

 厳しい自然環境で生き延びるため「イスラム法」が練り上げられてきた。時代遅れと我々は思うことがあるが、彼らは忠実に守る。例えば「復讐」は男の義務の最たるもので、殺人事件の犯人の動機はひいおじいさんの復讐だったということもザラらしい。

 

 そういう背景を知らないと、今後の地域紛争の真実が見えてきませんよね。

3人の財務省特別調査官

 米国には通常の警官の他、連邦捜査機関のFBI、海軍の捜査組織NCISなどがあって、独自の捜査を担当する。本書(1984年発表)には、財務省の特別調査官が登場する。国税庁ではないので、税務調査をするわけではない。主なターゲットは金融犯罪、特に偽札等の偽造犯だ。作者のジェラルド・ペティヴィッチ自身が、兵役後の15年務めたのが財務省秘密検察局。日本ではほとんど知られていない作家だが、本書を原作とした映画「LA捜査線」のシナリオも担当している。

 

 ロサンゼルスの闇の部分、麻薬や売春の陰に偽札作りという「産業」もある。長年この稼業をしているリックは、助手のカーマインと組んで貸倉庫で偽札を作り、何人かのディーラー(販路)を抱えてカスタマーサービス(注文に応じて印刷すること)をしている。しかしカーマインが大物ディーラーである弁護士に60万ドルほど届けた後、4万ドルを持ったまま逮捕されてしまった。

 

 一方LAの財務省調査官ヴコヴィッチは、無茶をするので有名なチャンスと組んでリックたちの犯罪を追っていた。2人は弁護士ディーラーの存在を掴み、ずっと張り込んでいる。その弁護士はリックには60万ドルは届いていないと言ってネコババを決め込んだのだが、それに気付いたリックは2人の調査官の目をかいくぐって、弁護士を射殺する。

 

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 もうひとり、定年間近の調査官ジムは、過去に3度リックを逮捕しながら、微罪で済まされている。逮捕の時に警告文を読み違えたとか、証拠集めに疑義があるというと「容疑者の権利」が掲げられて無罪となったり減刑されてしまうのだ。その規制は年々強くなり、官憲を悩ませている。

 

 定年前に何とかリックを挙げたいと、ジムは2人とは違う独自捜査を続け、カーマインを仮出所させて突破口を得ようとする。一方目の前で手掛かりを消されたチャンスは、ヴコヴィッチを巻き込んで違法捜査にのめり込んでいく。

 

 財務省調査官による偽札事件捜査を題材に、扱われているのは縛られた警察権力とその周りに蠢く奸智に長けた犯罪者と、それを助けて暴利を得る法曹界である。チャンスの違法捜査はエスカレートして、ついに破局が・・・。

 

 調査官のひとりヴコヴィッチセルビア移民の子、恐らく作者もそうだろう。原題は「LAで生きることと死ぬこと」、多様な人種の大都会での悲劇を描いた映画の原作でした。

Mig-21 vs. F4C

 ヴェトナム戦争というと、北ヴェトナム軍のゲリラ戦・米陸軍や海兵隊の死闘・村を焼き払うなどの残虐行為・降ってくる枯葉剤など地上の戦闘や悲劇ばかりが思い出される。米国はこの戦場で5万人以上の犠牲者を出し、以後大規模な地上戦闘を嫌うようになる。

 

 ただ空では状況が異なり、B52の戦略爆撃は北ヴェトナムの街を破壊したし、空戦は米軍側の圧勝だと思っていた。しかし本書によると、戦争の初期には少数のMig編隊によって、米空軍も悩まされていたとある。ホー・チ・ミンの軍隊は、ソ連や中国からの支援を受けていた。その中身にはジェット戦闘機や空対空ミサイル、さらにパイロットまで含まれていた。まあ太平洋戦争前、蒋介石軍に米国の航空義勇兵(Flying Tigers)がいて、日本軍と戦ったこともあるから不思議ではないが。

 

 1966年9月、米国の第八航空群はタイ東部に航空基地を設け、北から南へとつながる北ヴェトナム軍の兵站線を攻撃していた。当時は北ヴェトナム軍の航空基地などを攻撃してはいけないという縛りがあり、本来は圧倒的な航空戦力を持ちながら北ヴェトナム軍のトム大佐(通称:ドラゴン)率いるMig編隊に手を焼いていた。

 

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 兵站路を空爆するF105の編隊を護衛するF4Cだが、どこからともなく来襲するトム大佐のMig-21やMig-17によってF105もF4Cも撃墜・撃破されていたのだ。事態を打開するために第八軍のウボン基地に着任したのが第二次世界大戦朝鮮戦争を戦った歴戦のパイロットアダムズ大佐(通称:イーグル)である。大佐はだらけた第八軍のカツを入れ、自ら操縦桿を握って前線に飛び出してゆく。

 

 いくら北ヴェトナム軍とはいえ、ほぼMig-15は退役済み。トム大佐は慣れたMig-17を愛用しているのだが、超音速の新鋭機Mig-21をソ連のアーコフ大佐は盛んに勧めてくる。それを嫌っていたトム大佐だが、不時着したF4Cの操縦席を見てハイテクの重要性も理解した。

 

 この二人(竜と鷲)の闘いが本書のメインストーリー、ハイライトは米軍「ボロ作戦」の戦闘経緯である。「鷲」は罠を仕掛け、新鋭機Mig-21を16機率いる「竜」を、F4C60機以上で包囲殲滅を計る。

 

 ドギュメンタリーなので、多少の脚色はあってもその迫力はリアリティを伴ってなかなかのものである。あまり縁のなかったヴェトナム戦争の空の闘い、面白かったです。

パリのペルシア人

 以前紹介した「I am Legend」が3度の映画化なら、1910年発表の本書は1925年を始めとして3度映画化、加えて1973年にはロックミュージカルでも映画化されているという古典。この文庫本が出たころには、「劇団四季」でも上演されていたらしい。作者のガストン・ルルーは新聞記者を経て作家に、1907年密室トリックで有名な「黄色い部屋の謎」でデビューしている。

 

 その後も青年新聞記者ルルタビーユを探偵役にした「黒衣婦人の香り」(1909年)を発表していたが、本書はミステリーではなくサスペンス&ホラーに位置付けられるだろう。

 

 本書の舞台となったオペラ座は、僕らもパリ旅行時に何度か通りかかった市の中心街にある「観光の目玉」。作中に出てくる「スクリーブ通り」など、ある意味懐かしい場所だ。1875年に竣工して、当時からパリを代表するところだった。物語はオペラ座の支配人2人が交代する会合(歓送会?)で幕を開ける。

 

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 旧支配人2人は新支配人たちに「この建物には幽霊が住んでいて、いくつかの条件を満たせば大人しくしてくれる」とひそかに告げる。その条件とは、

 

・2階の5番ボックス席は「幽霊の専属」とする。

・毎月2万フラン、年間24万フランを幽霊に支払う。

 

 というもの。「幽霊」は要求を呑まないと不幸な事件が起きるぞと言い、実際オペラの主演女優が歌えなくなったり、シャンデリアが落ちて人が亡くなったりする。一方オペラ座に出演中の歌姫クリスティーヌに恋した海軍軍人ラウル子爵は、兄フィリップ伯爵の止めるのも聞かず彼女に接近する。しかしクリスティーヌには影のように寄り添う何かがいた。

 

 前半の怪奇譚から、後半はラウル子爵の冒険譚に展開が変わる。ラウルは突然現れたペルシア人に助けられて、「幽霊」が潜むと思われるオペラ座の地下深くへ下りてゆく。ペルシア人は、「幽霊はパンジャブの輪差という絞首具を上手く使う男」だという。感覚的には投げ縄のようなもので、インドからペルシアに伝わったものらしい。そしてラウルはクリスティーヌをオペラ座地下の「湖」で見つけるのだが・・・。

 

 有名な作品なのですが、通して読んだのは初めてでした。「黄色い・・・」のような本格ものとは違い、異国情緒や男女の恋愛など作者が書きたかったことを思い切り書いたという気がします。パリは昔から国際都市だったのですね、勉強になりました。

人間と獣の間・・・

 本書はSF小説創成期の大家、H・G・ウェルズの「改造人間もの」である。「宇宙戦争」や「タイムマシン」が有名なのだが、本書「モロー博士の島」も古典として語り継がれるべき作品だと思う。マイクル・クライトンの「ジュラシック・パーク」も、本書の流れにあると考えられるからだ。

 

 本書の発表は1896年、まだシャーロック・ホームズが活躍していたころである。南太平洋で遭難して約一年後に生還を果たした青年エドワードが残した手記を、死後に公表する形式をとった小説である。

 

 船舶の衝突事故から救命ボートで脱出した3人だが、エドワード青年だけが生きて南海の孤島にたどりつく。そこは高名な生物学者モロー博士とモンゴメリーという男のほかは、獣とも人ともつかぬ異様な生物が暮らす島だった。

 

 獣人たちは片言の英語を話し、モロー博士らの命令をきくようしつけられている。そして、5つの掟を斉唱させられている。曰く、

 

 ・四つ足で歩くなかれ。

 ・口をつけて飲むなかれ。

 ・生肉生魚を食べるなかれ。

 ・木の皮で爪を研ぐなかれ。

 ・ほかの人間を追うなかれ。

 

 の5項目である。ナマケモノや豚、猿はもとより、ハイエナやヤマネコをベースとして、いろいろな動物の「部品」を切り貼りしてモロー博士が造った獣人は120体を数えた。博士とモンゴメリーは獣人たちに言葉や道具の使い方を教えている。5本の指がそろっておらず道具をうまく使えない獣人もいるが、島は割合平静を保っていた。

 

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 しかしある日、モロー博士が怪力のピューマを改造しようとして失敗、半端な状態で森に逃げられてしまう。この事件を契機に不満を持っていた獣人たちが「蜂起」して、博士は命を落としてしまう。一旦は獣人たちの乱を収めたエドワードとモンゴメリーだが、博士抜きで長く秩序を保つことはできなかった。

 

 本書を原作に、映画化は3度行われている。1933年版と1977年版(バート・ランカスター主演)に続いて、原作発表から100年ほどたった1996年に「D.N.A./ドクターモローの島」というタイトルで公開されている。モロー博士を名優マーロン・ブランドが演じている。

 

 原作では未開人をキリスト教に改宗するように、獣人にも「主の恩恵」を説くシーンが僕のような無神論者には分かりにくい。それを除けば、バイオSFホラーとして楽しく読めました。