新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

2021-11-01から1ヶ月間の記事一覧

暗号の大家の「情報倫理・哲学」

本書は今年9月、出版されたばかりの本。著者辻井重男教授は暗号学会の重鎮で、そろそろ90歳を迎えられるのにお元気である。ある業界団体の理事長をされていて、その団体主催のイベントに参加したところ本書をいただいた。「フェイクとの闘い~暗号学者が見…

病める大物俳優の回想

1989年発表の本書は、多芸多才な作家ドナルド・E・ウェストレイクの「ノン・シリーズ」。以前紹介した「斧」は米国雇用事情を「鉤」は出版業界を風刺したものだが、本書で作者の矛先は映画業界に向かう。 10歳代から演劇、映画業界で活躍した大物俳優ジャック…

西87番街「Veterans」

本書は巨匠エラリー・クイーンの晩年の作品、1968年の発表でリチャード・クイーン警視が定年退職しているが、新妻ジェシイとの新婚旅行(行き先はナイアガラ瀑布だったらしい)から帰ったばかり。ニューヨーク西87番街のアパートで、エラリーを含む3人の生…

ボストン名家の秘密

以前3作ほど、ボストン近郊のバラクラヴァ農業大学のシャンディ教授を主人公にしたシリーズを紹介した。ユーモアというよりファースに近い物語で、それらに続く作品は読んでいない。しかし作者のシャーロット・マクラウドには、もうひとつボストンを舞台に…

帝国陸軍の「神」

光人社NF文庫の兵器入門シリーズ、今月は「砲兵」である。伝説のゲームデザイナーであるジェームス・ダニガンは、第二次世界大戦の記録を読み込んで、兵士の死傷者の多くは砲撃によるものだと結論付けた。よく戦争映画でライフルで敵兵を斃すシーンがあるが…

二人の天才の対決

東野圭吾の「湯川助教授もの」の初長編が本書。2003年から「オール読物」に1年半にわたって連載されたものだ。単行本化(2005年)にあたり、題名を「容疑者Xの献身」と改めている。50~70ページほどの短編と違い、天才物理学者湯川学は、あっさり事件を解…

ジャーナリズムを鍛えるもの

本書の冒頭、「戦争を戦争として承認する役割を担っているのはジャーナリズムだ」とある。1991年の湾岸戦争後、イラク周辺では戦闘が続いていた。しかし2002年に(子)ブッシュ政権がサダム・フセインの息の根を止める決意をして再度侵攻するまでの間、そこ…

更生不能中年男性の死

南カリフォルニア、サンタ・テレサの私立探偵キンジー・ミルホーン(わたし)のシリーズも4冊目(1987年発表)。作者スー・グラフトンは温暖で比較的富裕層の多いカリフォルニアでも、80年代の米国の病理が大きな影になっていることを看破する。前作「死体…

偽装・隠ぺい工作に挑む地方検事

昨年はミリタリー作家の柘植久慶が、ケネディ暗殺事件を暗殺者の視点でフィールドワークした「JFKを撃った男」を紹介している。本書はニューオーリンズの地方検事として、ケネディ暗殺事件の疑惑に執念で挑んだジム・ギャリソンが記したドキュメンタリーであ…

今、どの国にいると思っている?

「COVID-19」の感染拡大が、ロシアでは顕著だという。ワクチン接種も進まず、医療の逼迫は必然だ。加えて悪性のインフレが経済を襲い、石油・天然ガスの値上がりで景気が良くなるというわけでもなさそうだ。プーチン政権の危機という説もあるが、米国と並ぶ1…

志摩半島の公共交通

本署(1999年発表)は津村秀介の「伸介&美保シリーズ」の1冊。60余冊ある作者の長編ミステリーも、本棚に残るのは2冊になってしまった。作者が、2000年に67歳の若さ(僕ももうじきその年になる)で急逝してしまったことが惜しまれる。浦上伸介という名探…

Qの悲劇

エラリー・クイーンは「災厄の町」以降、たびたびニューヨークの北に位置する田舎町ライツヴィルを訪れる。これは架空の街だが、エド・マクベインのアイソラとは違って、古い落ち着いた変化の少ない街である。住民はほとんどが知りあい。名家と認識されてい…

ネットワークに潜む罠

本書は以前「闇ウェブ」を紹介した、セキュリティ集団スプラウトと代表の高野聖玄氏が、2019年に発表した「闇ウェブ」の続編。前著が普通の人は入らないインターネットの奥にある犯罪の巣窟を描いたものだったが、本書はそれを利用して社会に悪を成そうとす…

本書は本棚ではなく・・・

僕の本棚のPHP文庫と言えば、大半は戦史・戦記もの。しかし例外もあって、本書のような柔らかめのものもある。2008年の発表で、監修者の原子嘉継さんはマスター・ソムリエ。ワインは決して難しい飲み物でもなく、長い人類の歴史の中で作法は作られてきたけれ…

登場人物たちの過去

このDVDは、ご存じ「ネイビー犯罪捜査班:NCIS」のシーズン6。リーマンショック時の前シーズン5は、ジェニー局長の殉職に伴って新局長になったヴァンスが、ギブスチームに辛く当たり、解散させることで終わっていた。トニーは空母勤務、ジヴァは帰国、マク…

ライ・ウィスキーとコーン・リカー

本書(1940年発表)は以前紹介した、クレイグ・ライスのマローン弁護士ものの1冊。J・J・マローン弁護士とジェーク、ヘレンが登場するシリーズとしては、第三作にあたる。「時計は三時に止まる」の次の作品「死体は散歩する」は、まだ見つけていない。そこで…

対外情報機関の「夢」

昨日、政府の内側から見た「日本のインテリジェンス機関」の活動を記した書(2015年発表)を紹介した。本書はそれから4年経ち、今度はジャーナリストの目で捉えたその現状と課題である。中心になって紹介されているのは内閣情報調査室、通称「内調」。官邸…

HUMINT工作に学ぶ

2016年発表の本書は、元警視総監吉野準氏の手になる「HUMINT工作の教科書」。筆者は、 ・警視庁公安部参事官 ・警視庁警備局局長 ・ユーゴスラビア大使館書記官 ・内閣総理大臣秘書官 などを歴任していて、国内の防諜活動やテロ対策、海外における諜報機関と…

アングラ社の超能力者たち

1982年発表の本書は、有名なSF作家二人が共作した近未来SF。二人とは、 ・華麗な文体と豊かな幻想性を持った天才、ロジャー・ゼラズニイ(わが名はコンラッドなど) ・空軍退役軍人でゲームに長じたフレッド・セイバーヘイゲン(バーサーカーものなど) で、…

コロンボ、ハッカーに挑む

本書(1994年発表)は、W・リンク&R・レビンソンの刑事コロンボシリーズの1冊。TV放映されたかどうかの説明はないが、僕自身は見た記憶はない。コロンボ警部が犯罪学の講義をしに行くという話は他にもあったが、本書の舞台はフリーモント大学の法学教室。同…

シチリア島侵攻作戦異聞

「鷲は舞い降りた」以下の軍事スリラーの名手、ジャック・ヒギンズが第二次世界大戦の地中海戦域での特殊作戦を描いたのが本書(1981年発表)である。北アフリカからようやくドイツ軍を追い出した連合国側だが、歴戦のドイツ軍(しかもロンメル将軍だし)に…

秀逸な8文字熟語

総選挙で「日本維新の会」が躍進し、憲法改正勢力が大きくなったと海外のメディアが伝えている。現に「維新」は来夏の参議院議員選挙までに憲法論議を進めたいと、政府与党に申し入れていると聞く。しかし現実は甘くあるまい。与党のうちでも公明党は消極的…

短編小説は「愛の産物」

日本ではあまり知られていないが、奇妙な味とハードボイルドな感覚を併せ持った作家にローレンス・ブロックがいる。約50の長編小説と多数の短編小説がある。本書は、1964~1984年に発表された18の短編を収めたもの。長編小説の1/3ほどに登場する私立探偵マシ…

ドキュメント、2020年1~4月

本書は、在北京のNNN記者である宮崎紀秀氏が「COVID-19」感染初期の中国事情を、2020年6月の段階でまとめたもの。これまでに世界で2億5,000万人ほどが感染し、500万人以上が亡くなったとされる感染症の、 ・最初はどうだったのか? ・中国当局はどう反応し…

週刊新潮の右寄り連載

週刊誌を買ったことは、恐らく20年以上ない。読むのはほとんど空港のラウンジ、かつては理髪店の待ち時間というのもあったが、これも「QBハウス」の登場でなくなった。ラウンジでよく手に取ったのは「新潮」と「文春」、「朝日」と「毎日」は新聞っぽいのが…

「官僚支配」にちょっとだけ異論

本書は以前戦後経済論を紹介した元大蔵官僚高橋洋一教授の2017年の書。「森友学園」「加計学園」問題が盛り上がっていたころで、冒頭元官僚の目から見た両事件の姿が語られる。政治家の関与で不正利得を得た者がいるというメディアの論調をとりあげ、筆者は…

スペンサーとスーザンの仲

本棚のスペンサーシリーズも残りわずかになってきたある日、藤沢のBook-offで見つけたのが本書。1996年発表の第26作目にあたるらしい。もう30冊以上読んでいるシリーズだが、入手していなかったものと思われる。念のためこのサイト「新城彰の本棚」をスマホ…

歴史探偵の遺言

本書は今年初めに亡くなった「歴史探偵」半藤一利氏のあまたの著書から、エッセンスの部分を取り出して1冊にまとめたもの。筆者は少年期に太平洋戦争を経験し「進め一億火の玉だ」などという言説を信じていたが、終戦で価値観が一変することになった。 文芸…

グレイマン、DCに還る

本書(2016年発表)は、「戦闘級のチャンピオン」マーク・グリーニーのグレイマンシリーズ第五作。CIAの優秀な「資産」だったコート・ジェントリーだが、なぜか米国の危険人物リストに入り「発見次第射殺せよ」との命令が出てしまっている。前作「暗殺者の復…

田舎町の土地高騰

本書(1996年発表)は、マーガレット・マロンの「デボラ・ノットもの」の第四作。前作の舞台ハーカーズ島から、デボラは本拠地ドブズに戻って新しい事件に挑む。今回の事件の舞台はデボラの生家のある田舎町、米国で格差が拡大し不動産の高騰が顕著だった199…