新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

本格ミステリー

男女7人殺人物語

本書は「本格の鬼」鮎川哲也が、1950年代に発表したもの。「年代」という言葉を使ったのは、本書が一度は違うペンネームとタイトルで連載されたものなのに、その後鮎川哲也名義で現在のタイトルで再び別の雑誌に連載され、後に単行本化されたからだ。 複雑な…

教師探偵キャロラス・ディーン登場

英国にはまだまだ隠れたミステリー作家や探偵がいるものだと、本書(1955年発表)を読んで痛感した。作者のレオ・ブルースは、英国では名の知られた作家で、イングランドの地方都市を舞台にしたビーフ巡査部長シリーズを8冊、本書がデビュー作のキャロラス…

ユトリロと大観の贋作

1985年発表の本書は、内田康夫初期の力作。白皙の名探偵、警視庁岡部警部が登場する。最初の事件は彼がまだ警視庁に入ったばかりのころ、新婚旅行から帰ったばかりの実業家夫婦が碑文谷の自宅で何者かに襲われ、夫(29歳)が刺殺された件。新妻の華子は美女…

片田舎のよそ者兄妹

本書(1943年発表)は、ひさびさのミス・マープルものである。1930年に「牧師館の殺人」でデビューした、セント・メアリ・ミード村の老嬢ジェーンは、12年を経て「書斎の死体」で二度目の探偵役を務める。 https://nicky-akira.hateblo.jp/entry/2020/07/15/…

6組のカップルを襲うもの

本書(1945年発表)は以前「迷走パズル」と「俳優パズル」を紹介した、パトリック・クェンティンのピーター&アイリス夫妻のシリーズ第四作目。実は第三作「呪われた週末」は、別冊宝石に邦訳が掲載された後再版されたかどうかもわからず、入手できていない…

事件関係者のさまざまな嘘

本書(1940年発表)は女王アガサ・クリスティーの「ポワロもの」の1冊。1920年「スタイルズ荘の怪事件」でデビューした英語の怪しいベルギー人探偵ポワロは、派手なトリックを暴きや意外な犯人を名指しして15年ばかりを過ごした。しかし1930年代後半から、…

いや、それがスペインさ

本書は、第一作から第三作までをご紹介した、ポーラ・ゴズリングの第五作。じゃあ第四作はどうしたと聞かれそうだが、別名義の普通小説らしいのでパスした。毎回思い切って作風を変える作者だが、今回はスペインという国とそこに住む異邦人を、本格ミステリ…

帝都大学物理学教室湯川助教授

本書は1996年以降に「オール読物」に掲載された短編5編を収めたもの。東野圭吾の「湯川学もの」最初の短編集である。帝都大学理工学部物理学科の助教授湯川学のところに、大学時代のバドミントン部仲間で今は警視庁捜査一課の刑事をしている草薙がやってき…

マット・コブの育った町

本書はW・L・デアンドリアの第五作、TV局<ネットワーク>のトラブル担当マット・コブが登場するシリーズとしては第三作にあたる。マットは同社で一番若い重役、これまで2つの事件でも、会社の危機を救ってきた。しかしこれまではTV業界の裏話はたくさんあっ…

富の基準は家畜と奴隷

本書は以前紹介した「死をもちて赦されん」でデビューした、修道女探偵フィデルマものの短編集である。作者ピーター・トレメインは実はイングランド生まれ、アイルランドでの記者生活を経て作家デビューをしている。別名義で冒険スリラーなど書いていたが、…

演劇関係者の執念

本書は先月シリーズ第一作「迷走パズル」を紹介した、パトリック・クェンティンのダルース夫妻もの。前作ではアルコール依存症でレンツ博士の病院に入院していた演出家のピーター・ダルースが、駆け出し女優のアイリスと知り合い病院で起きた殺人事件に巻き…

謎解きはデザートと共に

安楽椅子探偵ものというのは、虫眼鏡や拳銃を持って走り回ったり関係者を尋問するのではなく、座ったまま事件の話だけを聞いてこれを解決するというスタイルのミステリー。バロネス・オルツィ「隅の老人」がその先鞭だろうが、ハリイ・ケメルマン「ニッキィ…

「歴史の都ツアー」の事件

本書(1991年発表)は、何作か紹介している英国の本格ミステリー作家コリン・デクスターの「モース主任警部もの」である。作者は英国ではアガサ・クリスティーの後継者とも言われ、モース警部は最も有名な探偵とされている。シャーロック・ホームズを抑えて…

宗教的共同体での殺人事件

先月マーガレット・ミラーの「まるで天使のような」を紹介した。ネヴァダ州の砂漠の町で独自の宗教観を持った人たちのなかで起きる事件を、町に流れてきた私立探偵クィンが解決しようとする話。それと極めて似た設定のミステリーを巨匠エラリー・クイーンが…

旅館<スタグ>で死んだ男

1948年発表の本書は、以前紹介した「ホロー荘の殺人」に続くアガサ・クリスティーのポアロもの。まだ戦後の色合いが濃く、配給チケットがないと旅館に滞在できないとの記述もある。ロンドンから列車で数時間かかる田舎町ウォームズリイ・ヴェイルで起きた膨…

日本の安楽椅子探偵

意外なことだが都筑道夫の作品を紹介するのは、これが初めてらしい。軽妙なタッチとピンポイントの鋭い推理が特徴の作家で、長編よりも短編の冴えがすごいと思っている。本書は、作者の短編集のなかでも一二を争う名探偵「退職刑事」の第一集である。 デビュ…

アイオナ派とローマ派

本書(1994年発表)は、以前「蜘蛛の巣」や短編集を紹介したピーター・トレメインの「修道女フィデルマもの」の第一作。作者自身のデビュー作でもあるのだが、なぜか翻訳は5番目だった。 時代は660年代、ブリテン島北東部のノーサンブリア王国では、カトリ…

満州鉄道の時刻表

日本に本格的なアリバイ崩しミステリーを定着させたのが、鮎川哲也とその創造した探偵鬼貫警部である。後年日本の鉄道の正確さもあって、西村京太郎の十津川警部や津村秀介の浦上伸介らがアリバイ崩しものを多数発表し、日本に固有のジャンルを確立すること…

文豪の試技

特にイギリスに多いのだが、文豪と呼ばれる人たちが本職はだしのミステリーを書くことがある。多くは作家として成功してから「余技」として何作か書くというものだ。イーデン・フィルポッツ、A・A・ミルン、E・C・ベントレーらの手になる、古典のなかで…

ピーターとアイリスの出会い

パトリック・クェンティンという作家は、非常に複雑な執筆体制をとっていた。これ自身ペンネームで、ほかにQ・パトリックというペンネームも持っていた。実態は、 リチャード・ウィルスン・ウェッブ ヒュー・キャリンガム・ホイーラー の共作である。1931~…

ヘンリー卿の銃器コレクション

第二次世界大戦直後の1946年に発表された本書は、アガサ・クリスティーのポワロものの1冊。「スタイルズ荘の怪事件」でデビューした作者と探偵のコンビは、26年間英国推理文壇に大きな足跡を残していた。しかし当初は「明るいスパイもの」が好きだった作者…

マニピュレーションの到達点

本書(1963年発表)は、エラリー・クイーン後期の作品。ライツヴィルものではなく、ニューヨークを舞台にクイーン父子とお馴染みのヴェリー部長刑事らが登場する。とてもニューヨークにあるとは思えない四角形の古い洋館である「ヨーク館」、四隅を対称形の…

白皙の名探偵岡部警部

昨日、巨匠内田康夫のデビュー作「死者の木霊」を紹介した。作者の膨大な作品に登場する名探偵浅見光彦は第三作の「後鳥羽伝説殺人事件」でデビューするが、初期のころにはデビュー作の長野県警竹村警部や、本書の主人公警視庁捜査一課の岡部警部が主役の座…

巨匠のデビュー作

内田康夫と言えば多くの人には「浅見光彦シリーズ」が有名でTVドラマ化がされたのだが、その他に「警視庁岡部警部シリーズ」や「信濃のコロンボ竹村岩男シリーズ」も5~6冊ほどある。総計140冊を超える著作があるのだが、そのデビュー作が本書。浅見光彦の…

「高3コース」の連載推理

僕が高校生の頃に「高×コース」という雑誌があり、高校生向けの月刊誌としてそこそこ売れていたと聞く。特に「高3コース」は大学受験の指南書のようなものだった。ちなみに浪人生向けの「蛍雪コース」という雑誌もあった。いずれも僕は買ったことはない。そ…

双子のミステリー作家

エラリー・クイーンという作家は、実は同い年のいとこ同士二人の合作時のペンネームである。夫婦の合作なども例はあるが、親近者の合作の極めつけは、本書の作者ピーター・アントニーだろう。このペンネームは、双子の兄弟が合作するときに使うもの。そして…

本格ミステリー黄金期の始まり

米国の本格ミステリーの時代は、本書(1926年発表)から始まったと僕は思う。英国ではクロフツ、クリスティがデビューしていたが、それほど大きなインパクトを読者に与えていたわけではない。それがS・S・ヴァン・ダインという作家の登場によって、黄金期が始ま…

タロットカードの意味

1934年発表の本書は、ジョン・ディクスン・カーのフェル博士ものの第三作。博士は「魔女の隠れ家」で登場し、続いて「帽子収集狂事件」も解決した。本書ではしばらく米国に出かけていて久々にロンドンに戻り、ハドリー捜査課長のところに顔を出したことで事…

千草検事最後の挨拶

本書(1989年発表)は、土屋隆夫の千草検事シリーズ最後の作品である。本書の解説にあるように、前作「盲目の鴉」から9年を経ての書き下ろし。「9年ぶりだから傑作とは限らないが、寡作は傑作の条件のひとつ」なのである。 本格ミステリーとして「小数点以…

寝台特急「さくら」のアリバイ

本書(1998年発表)も、津村秀介のアリバイ崩しもの。昨年、比較的初期の作品として「寝台特急18時間56分の死角」を紹介しているが、その時の舞台も「さくら」だった。 https://nicky-akira.hateblo.jp/entry/2019/09/13/000000 この時はルポライター浦上伸…