新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

影の形の変化から・・・

1957年発表の本書は、生涯で7作の長編ミステリーを遺したクリストファー・ランドンの代表作。第二次世界大戦で英国の野戦医療部隊に所属し、少佐にまで昇進した筆者は、退役後いくつかの職業を経て作家に転じた。北アフリカを舞台にした戦記ものから、スパ…

最初の情報戦「大義名分」

2018年発表の本書は、東京大学史料編纂所の本郷和人教授の手になる「リアルな日本の軍事史」。筆者の専攻は、日本中世政治史と古文書学。日本史関連の著書があり、NHK大河ドラマ「平清盛」の時代考証も務めた。 全体的には、すでに知っている「リアル」が多…

ポーク郡保安官チャールズ・スワガー

2017年発表の本書は、<スワガーもの>を書き続けるスティーヴン・ハンターの「スナイパーの誇り」に続く作品。前作ではWWⅡのソ連軍の女スナイパーの謎を追ったボブ・リー・スワガー、今回は自分の祖父チャールズ・F・スワガーが記録から消された謎に挑む。 ボ…

生活インフラ維持、3つの道

2022年発表の本書は、シリコンバレーのAIベンチャー「フラクタ」CEOの加藤崇氏が、2019年末から<Foresight誌>に掲載した「水道崩壊」という連載をまとめたもの。地中の水道管の、材質・敷設時期・土壌の性質などのデータから劣化具合を推定(シミュレート…

そんな時代も~あったねと

僕の子供の頃は「男子厨房に入らず」などと言われ、台所は女性陣にお任せするのがしきたりだった。本書が最初に出版された1981年(僕が社会人になった年)にもなると、核家族化・都会の一人暮らしなどが増えて来て、男性も料理をするのは珍しいことでなくな…

名探偵勝海舟ともうひとり

本書は文豪坂口安吾の手になるミステリー短編集であり、1950~1953年に発表された8編が収められている。作者は終戦直後に発表した「堕落論」や「白痴」で文壇の寵児となった人だが、昨年紹介した「不連続殺人事件」のようなミステリーも手掛けている。本書…

1,350万件の電子カルテを分析する

2022年発表の本書は、長年電子カルテの開発・普及・利用に関わった油井敬道氏(アライドメディカル取締役)の医療費論。医療業界は通常の市場原理が働きにくいので、電子カルテなどのビッグデータ分析で実態を明らかにし、患者・保健者も含めた社会全体での…

暗黒社会の純愛物語

1993年発表の本書は、昨日「赤毛のストレーガ」を紹介したアンドリュー・ヴァクスの「バークもの」とは別のシリーズの第一作。「バークもの」は合計6作を数えたが、解説によると「赤毛・・・」以降、ヒステリックになっていく幼児虐待などが目立ち、本来シリー…

リアルで緻密なノワール

1987年発表の本書は、アンドリュー・ヴァクスの「私立探偵バークもの」の第二作。デビュー作「フラッド」は入手できていない。バークは、前科27犯で免許もない私立探偵である。ハードボイルドというには闇の世界に近すぎるが、犯罪小説というには矜持があり…

壊れてしまった世界秩序

2022年発表の本書は、ロシアの侵攻後半年の時点での「変わってしまった世界秩序」について5人の有識者とジャーナリスト峯村健司氏が対談した記事を書籍化したもの。注目されないロシア研究を黙々と続け、一躍時の人となった小泉悠専任講師は100ページも思い…

シカゴの女探偵の短編集

本書は、昨年までに6作の長編ミステリーを紹介したサラ・パレツキーの「V・I・ウォーショースキーもの」の短編集。1984年から1992年までに発表された8編の短編が収められている。スー・グラフトンのキンジー・ミルホーンがカリフォルニアの女探偵なら、V・Iこ…

世界を駆けるカレンたち

このDVDは「NCIS:LA潜入捜査班」のシーズン3。前シーズンの最後に主人公G・カレンのルーツが東欧にあったことがわかる。やはり背後にいたのは管理部長のヘティ。現地に乗り込んだ彼女を救うため、カレンのチームはルーマニアの黒海沿いの街に潜入した。 ル…

満清支配をくつがえせ!(後編)

闘いの訓練も受けておらず老若男女が混じっている叛乱軍ゆえ、時折痛い目にも遭うのだが、東王楊秀清の指揮もあって北を目指して進撃する。行く先々で清朝に不満を持つ民衆が参加してくるので、軍勢は増えていく。 ただ中心たる洪秀全は、ほとんど表に出てこ…

満清支配をくつがえせ!(前編)

今年陳舜臣の「琉球の風」を読んで、知らなかった歴史に感動した。そこでもう一歩踏み込んで、中国の近世を知ろうと思い手に取ったのが本書(全4巻)。1969年から3年間にわたって<小説現代>に連載されたものだ。アヘン戦争後の中国、清朝は揺らいでいた…

なぜか出版できた「禁断の書」

2012年発表の本書は、ドイツの作家ティムール・ヴェルメシュの風刺小説。今のガザ紛争とそれに対する世界の反応を見ていると、本書(&映画)が「禁断の書」として葬り去られなかった理由が分からない。 アドルフ・ヒトラー(私)は1945年にベルリンの地下壕…

LGBTQハードボイルド

1986年発表の本書は、ヒスパニック系の法律家マイケル・ナーヴァのデビュー作。作者はカリフォルニア州の片田舎で、壊れた家庭で育った。親元を離れてロースクールに学び、検察庁に努める傍ら小説を書き始めた。主人公は、やはりヒスパニックの青年弁護士ヘ…

まさに仰る通り!

2022年発表の本書は、経済学者野口悠紀雄教授の「日本経済復活の処方箋」。このテーマは経営視点で論じられることも多いが、本書は賃金と生産性に焦点を当てている。前半は日本経済の現状を統計値から明らかにしているだけだが、後半「どうすれば賃金が上が…

懸賞短編から長編へ

本書は1976年から雑誌「幻影城」に連載され、1979年に単行本になったものだが、それ以前の1974年に「小説宝石」で発表された短編がもとになっている。この時から題名「朱の絶筆」や登場人物の名前、事件のあらましは変わっていない。 本書には、その両方(45…

追悼、夕張食堂の歌姫

歌手の大橋純子さんが亡くなった。享年73歳。後に債権管理団体となる夕張市の出身で、夕張食堂のお嬢さんだった。高校生の頃、そのパワフルな歌声、特に爆発するような高音に驚いてファンになった。創元推理文庫の本格ミステリーを買うのを我慢(!)して、L…

日本に自律と核武装を勧める

本書はフランスの歴史人口学者エマニュエル・トッド氏が、ウクライナ紛争後の世界についてインタビューに応えたもの。侵攻後1ヵ月前後に2度受けたインタビューが基になっていて、他の2つの記事はこれらを補完する目的で、2017年と21年のものを再掲してい…

ハンブルグに来たイスラム青年

2008年発表の本書は、スパイ小説の大家ジョン・ル・カレの晩年の作品。昨年回想録「地下道の鳩」を紹介しているが、どうも本格スパイ小説を紹介するのは初めてらしい。舞台はドイツの港町ハンブルグ、そこにやってきたやせぎすのイスラム青年イッサ。チェチェ…

新GDP3位の国のテレワーク

GDPランキングで、ドイツが日本を抜いて3位になったと報じられている。明らかに円安の影響が大きく、本質的には日本の生産性(特に中小零細企業)が伸びていないことが原因と思われる。 2021年発表の本書は、在独30余年のジャーナリスト熊谷徹氏の「ドイツ…

300ページに7つの事件

1976年発表の本書は、斎藤栄のノンシリーズ。以前紹介した「Nの悲劇」から4年経って、年間10冊ほどの長編を発表するようになっていた。S・S・ヴァン・ダインは「一人の作家に半ダース以上のミステリーのアイデアはない」と言って、多作を戒めていた。本人も…

マニアが最後に読むべき探偵小説

1925年発表の本書は、後に英国カトリック聖職者の最高位まで昇りつめたロナルド・A・ノックスのデビュー長編。探偵小説が黄金期を迎え、純文学・童話など他の分野からの参入があったうちでも、ひときわ特徴ある作品である。作者は生涯で6つの長編を遺したが、…

寄せ集め航空団の闘い

1991年発表の本書は、CNN記者から軍事ジャーナリスト、作家に転じたマイケル・スキナーのフィクションデビュー作。軍用機がいっぱい(さすがに戦闘はしなかったが、日本のF1支援戦闘機まで!トルネードやミラージュも)出てくる。作者はパイロットではないが…

イスラム教シーア派の主導国

2021年発表の本書は、共同通信社で2年間テヘラン支局長を務めた新冨哲男氏のイランレポート。イランはシーア派イスラム教徒の主導国で、イスラエルを攻撃している<ハマス><ヒズボラ><フーシ派>の後ろ盾である。 紀元前550年、この地にアケメネス朝ペ…

京都美術大学同窓生の3人

2004年発表の本書は、第14回鮎川哲也賞に応募し受賞を果たした岸田るり子のデビュー作。日本でも密室殺人に挑戦する新鋭がいたとは正直驚いた。 科学捜査が徹底してきた現代においては、わずかな痕跡も官憲は見逃さない。暗い街燈時代に流行した一人二役トリ…

国際謀略小説の傑作

2008年発表の本書は、「過去からの狙撃者」など諸作を紹介しているマイケル・バー=ゾウハーの近作。ブルガリア生まれのユダヤ人で、恐らくは<モサド>の一員として中東戦争を戦い抜き、作家に転じている。その経験からくるインテリジェンスは、他の作家の…

危機が生む政策起業イノベーション

2019年発表の本書は、アジア・パシフィック・イニシャティブの創設者船橋洋一氏のシンクタンク論。冒頭、シンクタンクは世界的な危機(戦争や恐慌)を受けて、設立されたとある。 ・WWⅠ ブルッキングズ、CFR ・WWⅡ RAND、CSIS ・冷戦 PIIE 公正な政策提言を…

この時何が起きたか、来年は何が?

来年11月の米国大統領選挙に向けて、すでに全ての候補者は助走からトップスピードに加速しつつある。ニューヨークに住む友人は、もしトランプ政権(か類似のもの)が再びできるようなら、国外脱出を図りたいと言っている。 2020年の大統領選挙は、有権者は関…