新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

女王のB級スリラー

 女王アガサ・クリスティは、本書発表の1927年には私生活で非常に不安定な状況にあった。翌年には最初の夫アーチボルトと離婚することになるし、この年には失踪事件も起こしている。後に二度目の夫マックス・マーロワンと再婚してから、長期にわたり高品質の作品群を発表するのだが、この頃はまだミステリー作家としての迷いもある。

 

 本書はポワロものだが、批評家の間では評判が良くない。前年の「アクロイド殺害事件」で読者をあっと言わせたものの、本来書きたかった「明るいスパイもの」を書いても、決してうまく筆が運ばなかった時期と言える。

 

 南米から帰国したヘイスティングス大尉(わたし)がポワロを訪問すると、精神病院から逃げ出した男が闖入してきた。意味のあることは話さず、ただ数字の4を書くだけ。彼が息をしなくなってジャップ警部を呼ぶと、彼は数年行方不明だった情報部員だという。

 

        

 

 それ以降、ポワロたちは<ビッグ4>という超国家的秘密組織の暗躍に悩まされる。中心人物は4人で、

 

#1.神秘的な力を持った中国人

#2.ドルの力を振るうアメリカ人大富豪

#3.高名なフランス人女性科学者

#4.変幻自在なイギリス人殺し屋

 

 と思われる。ポワロとわたしは、英仏海峡を渡って<ビッグ4>の影を追うが、その鼻先で殺し屋#4が関係者を消していく。#2や#3にも迫るのだが、フランス政府は自国に住んでいる2人の社会的地位の高さから、全く取り合ってくれない。2人は何度も#4の罠にかかり、ついにはポワロが殺されてしまった。復讐を誓うわたしだが、ポワロの遺言は「あきらめて南米に帰れ」だった。

 

 ジョン・バカン「39階段」のような古典スパイスリラーならともかく、ポワロたちを襲う危機は(今となっては)全くの子供だまし。ポワロが#4にかける罠も、結末も、どこかで見たようなB級ドラマである。

 

 初めて読んだのですが、批評家のコメントは正しいと思いました。さしもの女王にも不調はあったということで・・・。

1月20日の正午がデッドライン

 1980年発表の本書は、英国情報部の10年程在籍したテッド・オールビューリーのエスピオナージュ。20作以上の作品があり、TVドラマのシナリオ等も手掛けた人だという。本書は11作目、舞台は米国で大統領選挙の背景にあるソ連の陰謀を、SIS局員のマッケイとCIA局員のノーランらが阻もうとする話だ。

 

 11月初めに大統領選挙の投票が行われ、第一週には次期大統領(当選大統領)が決まる。そして1月20日の正午をもって、当選大統領は正式に大統領になる。マッケイはふとしたことから、共和党の大統領候補ローガン・パウエルの選挙参謀デンプシーに、共産党員としてパリのデモで逮捕された経歴があることを知る。もしデンプシーだけでなくパウエルにまでソ連共産党の手が伸びているとすれば、米国の危機になり得る。

 

        

 

 SISの連絡を受けたCIAハーパー長官は、ノーランらに調査を命じる。マッケイもCIAに出向して協力することに。パウエルは一介のコンサルタントだったが、大手電機メーカーのストライキを治めたことから知事選挙を勝ち抜き、いくつもの「幸運」に恵まれて共和党の大統領候補を射止めた。ノーランらはそれらの「幸運」は、ソ連のエージェントである宝石商クレップを資金源とした、デンプシーらの工作ではと疑う。

 

 対ソ連宥和や軍縮を唱えたパウエルは、民主党の現職を破って当選。正式に就任する1月20日の正午までに残された時間は66日しかない!誰がそんな事態(ソ連の支援を受けた大統領誕生)など信じてくれるのか?ハーパーは悩んだ末、最高裁長官と下院議長にだけ危機を訴える。

 

 面白い設定で始まった本書ですが、解決はちょっと期待外れ。竜頭蛇尾気味でしたね。本書発表から30余年、本当にロシアに支援(何度か破産しながらロシア資金で再生、不動産の借主にオリガルヒ大勢)下の大統領が登場(*1)しました。その意味では先見性ある作品でしたね。

 

*1:無自覚の工作員 - 新城彰の本棚 (hateblo.jp)

チームをアクシデントが襲う

 このDVDは、これまでシーズン2~4を紹介した「Mission Impossible」のシーズン5。さすがに女性レギュラーの不在はまずいと思ったのか、今回ダナ・ランバートが加わった。レスリー・ウォーレンが演じる、ソバカスと大きな目が特徴の美人スパイだ。さらにダグ・ロバート(サム・エリオット)もセミレギュラーになった。力業が必要な時はウィリーが、医師のスキルが必要な時はダグが登場する。

 

 悪い奴をハメて、悠然と立ち去るの痛快さは変わらないが、ストーリーには変化が見られる。

 

1)メンバーがアクシデントに見舞われるケースが増えた

2)任務は終わっているのに、新たにメンバーの救出プランを実行することも

3)任務の課程で現地の人とメンバーが愛し合ってしまい、連れ帰ることも

 

        

 

 面白かったのは「血塗られた故郷」の1篇。ジムが久しぶりに故郷に戻り、女性を狙う連続絞殺魔の事件に巻き込まれる。田舎町で住民はみんな知り合い、幼馴染である。ジムは旧友の保安官の依頼で捜査に協力し、正体不明の犯人にメンバーの力を借りてワナを掛ける。

 

 もう1篇「怪物粉砕作戦」は、日本を舞台にした物語。米国嫌いの日本の大立者が、米国の重要人物に殺人の罪を着せる。濡れ衣を晴らし、大立者を破滅させるのが任務。パリスが歌舞伎役者に扮するシーンはじめ、歪んだ日本文化の表現は笑えた。重要人物は日米連携強化の任務を持っていて、これを「米国による日本支配の強化」として大立者は強硬手段に出たのだ。多分このまま当時の日本で放映しては問題があったのだろう、見た記憶はない。

 

 撮影は米国内でしているはずで、当時の日本の車、看板、道標、電話などよく揃えたものと思う。東欧や中米、アフリカなどが舞台の作品の特は気付かなかったが、そういったアイテムが「それらしく」使われていた。

 

 1960年代の米国と世界、覗かせてもらうにはいいビデオだと思いました。

スパイものに回帰した女王

 ミステリーの女王アガサ・クリスティは、本当はスパイものが大好き。デビュー作「スタイルズ荘の怪事件」でもその傾向があるし、トミー&タペンスが登場する4作は明るいスパイものの典型だった。1970年発表の本書は、ポワロもマープルも登場しないノンシリーズのスパイものである。

 

 血筋もよく優秀なのだが皮肉さが災いして出世していない外交官スタフォード・ナイが、フランクフルト空港で奇妙な依頼をされることから本書は始まる。スタフォードの死んだ妹によく似たその女は、彼のパスポートとコートで彼になりすまし英国へ入国したいと言う。いたずら心からそれを引き受けた彼は、帰国後尾行されたり奇妙な手紙が届くようになる。

 

        

 

 実は彼女は世界的な調査機関の一員、大陸系の貴族名や英国名を複数持つ美人スパイである。ひょんなことから彼女の調査機関に協力することになったスタフォードは、ドイツにある古い城にゼルコウスキ伯爵夫人と名乗る彼女と乗り込むことになる。

 

 世界中で頻発する若者のデモや暴動、反政府活動。あるいは何者かによるハイジャックなどのテロ。これらの背後にネオナチのような秘密結社があるらしい。膨大な資金を持つ女貴族、破壊的な兵器を開発した科学者、麻薬組織を牛耳る男、武器の裏マーケットを支配する男、暗号名しか分からない「最も危険な女」の5人が組織の中核。

 

 スタフォードは冒険好きのマチルド伯母の助けも借りて、その組織に挑んでいく。正直ひとりの外交官が挑める相手ではないのだが、そこは割合都合よく物語が進む。そして、ついに明かされる組織の秘密とは?

 

 事実上女王最後の作品になった「運命の裏木戸」は、以前紹介しています。女王は大好きなスパイものとトミー&タペンスものを締めくくって亡くなりました。

 

ベレスフォード夫妻、最後の挨拶 - 新城彰の本棚 (hateblo.jp)

駐ベルン公使館海軍武官の闘い

 1966年発表の本書は、多作家西村京太郎の初期の作品。前年サリドマイド訴訟をテーマにした社会派ミステリー「天使の傷痕」で江戸川乱歩賞を獲得した作者が、一転して太平洋戦争当時の日米和平工作を描いたスパイスリラーとして世に送ったもの。

 

 「寝台特急殺人事件」以降の十津川警部がレギュラーを務めるトラベルミステリーは、やや書き流しの感もあるが、初期のころの作品は1作1作趣向を凝らしたものだ。作家としてのパターンを探る「習作」もあったかもしれないが、本書のように骨太の作品が初期に多いと僕は思う。

 

 苦戦が続く日本海軍で「電子戦兵器の遅れで被害が急増、戦艦大和など無用の長物」と主張して上層部の怒りを買った関谷中佐に、嶋田海軍大臣はドイツ行きの特命を与える。調達が難しくなった水銀をスイスで買い付けるため、100キロの金塊を詰めたジュラルミンケースを護送するという任務である。現地では兵学校同期の矢部中佐が待っていてくれる。

 

        f:id:nicky-akira:20210920105126j:plain

 

 喜望峰廻りの航路で、潜水艦に2ヵ月間詰め込まれてキール軍港に着いた関谷に、悲報が伝えられる。矢部がレマン湖で酔って水死したというが、海軍軍人が湖などで死ぬはずがない。関谷は矢部が何者かに殺されたのではとの疑問を抱きつつ、ベルリン大使館が用意してくれた車でベルンの公使館をめざした。しかしスイスのシャッハウゼン(ライン川の起点の街)で連合軍の誤爆によって負傷し意識を失う。病院で意識を取り戻したのだが、ケースは失われてしまった。手掛かりはアメリカ人女性が死に際に言った「D」という言葉だけ。

 

 ベルン公使館の海軍武官として関谷はケースの行方を探るのだが、ドイツ人の男・ロシア人の男・ユダヤ系ドイツ人の女・アメリカ人の女・中国人の男など、怪しげな人物が周りに現れ、矢部の最後を看取ったという日本人記者も協力してくれない。矢部の遺書とも言うべき手帳を見つけた関谷は、彼が米国のD機関と接触和平工作をしていたことを知る。

 

 D-Dayやヒトラー暗殺計画、サイパン失陥などの史実を背景に、D機関から「パリ解放の日までに」と期限を切られた関谷の闘いはサスペンスフルだ。スイスの主な都市(ローザンヌチューリッヒ・ベルン等)を巡る実にスケールの大きな作品で、作者はこの路線を追求してくれたら良かったのにとさえ思います。