新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

戦後最長政権をフェアに評価する

 2022年発表の本書は、シンクタンク<アジア・パシフィック・イニシャティブ>の安倍(長期)政権検証。これまで<アベ政治>に批判的な書(*1)も紹介したし、内側にいた人の秘録(*2)も読んだが、バイアスがかかったり踏み込み不足なものだった。しかし本書は、9人の政治学者(*3)が安倍元総理自身や野党議員も含む54名のインタビューを通じてまとめたもの。後世の評価に耐える、フェアな検証書である。

 

 後に自ら「悪夢の政権」という民主党政権の失敗を受けて復活した安倍総理は、短命に終わった第一次政権の経験によって、

 

・菅官房長官以下の官邸体制を強化する

・官僚を敵視せず、人事権を握って制御する

・保守的なスタンスを見せながら、リベラル政策を進める

 

 考え方で長期政権を実現した。

 

        

 

 日銀の全面協力で<アベノミクス>というリフレ政策を進める一方、修正や延期を交えながら二度の消費増税もやってのけた。批判はあったが、野党の失敗にも助けられ選挙では勝利する。ただ投票率は徐々に下がり、従来型の組織票も減少して若年層に働きかけるが、投票増にはつながってこない。それでも、

 

公明党との連立を堅持しながら野党を分断し、選挙で勝ち続けた

・第一次安倍政権の経験から、強力な官邸を実現し官僚も与党内も統治した

・地球を俯瞰するレベルの戦略的外交を展開し、あのトランプ政権ともうまくやった

・国内の反対(農水族等)を制御しTPPを締結、米国が抜けた後の推進は称賛された

 

 のだが、

 

・種々の議論(96条改正、9条3項追加等)はあったものの、憲法改正に至らず

・ロシアとの北方領土交渉、北朝鮮の問題(拉致・核・ミサイル)も進展せず

・第三の矢成長戦略は、女性活躍の入り口程度で終わった

・歴史問題については、それなりのケジメはつけたものの、積み残しもある

 

 というのが評価だった。長くやることはできたし、それゆえできたことも多い。それでも「戦後レジュームからの脱却」までは距離があったということでしょうか?

 

*1:アベ政治とは何だったのか - 新城彰の本棚 (hateblo.jp)

  続・アべ政治とは何だったのか - 新城彰の本棚 (hateblo.jp)

*2:最強安倍官邸の謎は解けず - 新城彰の本棚 (hateblo.jp)

*3:座長は一橋大学中北浩爾教授

「バラ撒き」の実態解明

 2023年発表の本書は、毎日新聞記者高橋祐貴氏の「TAX Eaterレポート」。財政逼迫なのに市民は「もっとよこせ」といい、増税と言えばもう批判を浴びる。しかし税金が行くべきところに行っていないとの印象はあっても、じゃあ(行くべきでない)どこに行っているかを示してくれた例は少ない。その意味で貴重なレポートである。

 

 東京オリ/パラの例では、1年延期されたこともあって、総費用は1.7兆円にまで膨らんだ。そのうち国と都が1兆円近くを拠出している。例えば会場費等は大手広告代理店に委託されたことで、一般管理費が10%かかった上に人件費単価が最大35万円/日もかかっていた。4割ほどがピンハネで消えているともいう。恐ろしいのは国の会計監査院には、組織員会や都の支出を監査する権限がないこと。副題にあるように「ブラックボックス化」しているのだ。

 

        

 

 小泉・竹中改革で「民でできることは民で」とされ、行政機能の一部が民間委託されることになった。その一つが一般社団法人を使った種々の助成。例えば「COVID-19」禍の事業者向け持続化給付金は、(一社)サービスデザイン推進協議会に769億円がわたり、広告代理店が749億円で再委託を受け、それを645億円で外注しているとある。

 

 これは緊急対応案件だが、(一社)環境共創イニシャティブが、2015年からの4年間で30件の委託を受けた合計金額は、3,700億円を超える。一般社団法人は、理事会をおかなくてもいいし、会計監査人も不要、行政の監督もない。持続化給付金の例では、協議会は広告代理店からの領収書(749億円分)を示せば済んでしまう。他にも、

 

・スピード重視で用途に制限を付けなかった「ゼロゼロ融資」

消防団の報酬や中山間地の農業支援金が、団員や農家に届いていない

・1,900を越えた「基金」、マイナカード・保険証の基金は執行が4%しかない

 

 霞ヶ関は口では「ワイズスペンディング」といいながら、このように不透明で放漫ともいえる税金の乱費をしているというのが筆者の主張。オリ/パラの件は桁違いですが、細かな中抜きや無駄遣いでも積み重なれば多額になり、政府負債1,200兆円のもとになったわけです。新政権は、これを是正できるでしょうか?

 

資本主義も限界、どうすべきか?

 2023年発表の本書は、すでに10冊ほど紹介しているジャーナリスト大野和基氏が世界の知性にインタビューするシリーズ。今回のテーマは資本主義。欧米の学者8名がインタビューに応じていて、環境・経済・倫理・金融などの専門性から新本主義はどうすべきかを論じている。

 

 一致しているのは、共産主義は過去のもので失敗事例となって、復活することはないということ。現在共産主義と名乗っているものも、実際は社会主義だったり形を変えた資本主義だという。

 

        

 

 社会の不平等を研究するブランコ・ミラノビッチ氏は、2つの資本主義の形があるという。一つはリベラル能力資本主義で、米国が典型例。能力の高い者が、富の大半を奪ってしまう。彼らはそのカネで政治を買い、自らの立場を護ろうとする。もう一つは政治的資本主義で、中国がその例。政治スキームの中で資本主義経済が回る。この形の問題点は、カネを得るために政治力が必要で、結果は汚職だらけになること。

 

 いずれにせよ政治と経済の結びつきが強く、社会の不平等は増す。UCLA地理学教授ジャレド・ダイアモンド氏は、飛躍的な技術発展が健全な資本主義を破壊したという。本来格差を是正するのが民主主義の役割だが、今はステークホルダー資本主義が格差を広げ、民主主義すら壊そうとしている。

 

 また環境問題を取り上げる何人かの研究者は、地球を守りながら経済を回すために必要なことを4つ挙げている。

 

・テクノロジーの進歩(より少ない資源で大きな効果)

・資本主義(強欲ではなく企業間の健全な協力でESG推進)

・反応する政府(具体的に迅速に、十分な説明責任を果たすこと)

・市民の自覚(分断ではなく、課題解決に向け団結すること)

 

 政府については、トランプ政権と逆のことをすればいいとある。テクノロジーが社会を壊したとする意見の一方、テクノロジーは「脱物質化」を進めて環境問題に寄与するとの意見もある。

 

 総じての結論は「資本主義の改革で、気候変動は止められる」なのですが、この改革はとても難しいですよね。だから学者が取り組む意味がある(終わらない・・・)のかも?

胡錦涛政権で発禁となった禁断の書

 本書は2010年に発表されたが胡錦涛政権では発禁とされ、習近平政権になった2013年に再版され、2020年に加筆されたもの。日本語訳(2023年)以前に米国では翻訳書が出版され、米国国防予算を50億ドル増やすことに寄与したという。著者の劉明福は山東省生まれの軍人、出版当時の階級は上級大佐。習政権のブレーンとなって、現在も中枢にいるとされる。

 

 日本語版の出版にあたり、著者は本書の目指す「夢=2049年の姿」をこう紹介している。

 

・中国は世界の金メダル国家。強大だが、覇権を求めない近代国家

・解放軍は世界最強の軍隊。侵略したこともなくすることもない文明的な軍隊

・統一は台湾が祖国の胸に回帰することで完成。海峡は海底トンネル等で交流多

・英国の植民地主義、米国の覇権主義が終わり、世界は第三の「人類主義時代」となる

 

        

 

 日本に対しては、米軍の駐留を終わらせ日本の独立を実現するのが中国だが、中国は決して駐留しないと協力を求めている。手段として「中国は平和的解決を堅持するが、主権や統一、台頭は平和より尊い」とも述べ、軍事力行使を否定していない。

 

 台湾統一については、米国が南北戦争で南部に勝って併合したことを参考にしている。英国の干渉を外交で排除し一国一制度を完遂したものの、市民や施設、インフラ等に大きな被害を与えてしまった。その良い点を活かし、被害を極小化するのが台湾統一の在り方(*1)。

 

 台湾の他に、中国は7つの戦線を抱えていて、朝鮮半島・インド国境・ウイグルでの紛争は回避したい。南シナ海では主権を掲げ、東シナ海では米国に教唆された日本の抵抗を排除する。香港が反中の拠点となることは容認しない。最後に(マラッカ海峡などの)シーレーンは必ず守る。そのためにも海軍の充実は避けられず、海洋からの平和を樹立する。

 

 マハンやなど欧米の軍事史家を何度も引用し戦略を語る一方、サイバー空間(*2)を含めた軍備の充実を求めています。ただそれは「世界平和のため」というのが貫かれた主張で、核兵器に言及はほとんどありません。本書は習大人の指針だというのですが、本当でしょうか?

 

*1:この章は中国での販売時は削除されている

*2:イデオロギーの浸透に役立つ

データがオイルで半導体は内燃機関

 2021年発表の本書は、北京特派員経験もある朝日新聞記者福田直之氏の、中国デジタル社会レポート。「20世紀はオイルの世紀、21世紀はデータの世紀」と言われるように「Data Driven Economy」時代になっているが、データの利用にはいくつかの制約がある。特に個人情報利用の制約が緩いのが、中国(*1)。市民にしても「生活が便利になるのなら、個人情報を登録すること/利用されることにためらいはない」という感覚である。

 

 AIは大量の(正しい)データを得て成長するのだから、中国は「AI大国」になりうるし、現に多くの分野でそうなっていると筆者は言う。例えば、

 

・個人の信用を数値化(*2)して、社会的に広く活用

・現金の使い道がないほどのキャッシュレス社会

QRコードから生体(顔・静脈等)認証で手ぶらショッピング

・自動運転による物流無人

・AI眼鏡(ドラゴンボールスカウター)の試作も

 

        

 

 という次第。これらのシステムにはAIが活用され、急速な精度向上に寄与している。米国とのAI活用指数比較(米:中)では、

 

総合 45:32

産業発展 16:4

人材 7:2

研究 7:4

ハードウェア 6:2

 

 と劣勢だが、

 

社会利用 1:8

データ量 8:12

 

 と優位に立っている。基礎技術では劣っていても、利用分野やデータが優位ということは、伸びしろは大きいことになる。一方民間だけがAIを活用するわけではなく、顔認証を使った監視社会化も進む。本本ではデモ参加者がマスク等で顔を隠しても、当局は人物を特定できたという。

 

 また西側による半導体規制も重石だ。製造装置や素材、GPUのような高性能半導体(上記のハードウェア)では、差が縮まらない。「データがオイルなら半導体内燃機関」として、Huaweiらは半導体技術開発にも注力しているが、それで逆転できるのか。

 

 さて、このAI&データ戦争、どう推移するでしょうか?

 

*1:逆に国家情報の管理などは数段厳しく、死刑もありうる

*2:芝麻信用