新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

おクニはどちらですか?

 以前文書新書の「世界地図シリーズ」を何冊か紹介した。今日から4日間、おなじ文春新書の「日本地図シリーズ」で書棚にある4冊を紹介したい。初日の今日は、県民性もしくは地域性に関するもの。著者の武光誠氏は、明治学院大学教授で専門は歴史哲学、思想文化研究家でもある。

 

 冒頭「日本は単一民族、言語、文化の国家」という俗説を、著者は否定する。これは明治政府が出来てから、権力者の手で意図的に広められたものとある。古代の日本列島には「盆地世界」が方々に産まれて、そこから文明社会が始まっている。内陸のものが小盆地、海岸沿いのものが小平野。小盆地61箇所が例示されているが、僕に縁のあるところ(東京都~神奈川県~静岡県~愛知県)には1箇所、秦野盆地があるだけだ。このエリアには、小平野が多い(富士裾野など7箇所)。全国の小平野は54箇所示されている。

 

        

 

 全国100箇所以上の山や丘陵に囲まれたエリアで文明は起こり、徐々につながっていった。一般人にとっては、近代になっても「国」といえば精々旧国名(例:遠江駿河・伊豆)のレベルまで。気候や豊かさが異なることから、さまざまな県民性が生まれている。

 

 某省の関係で地方を回る会合に行くと「東京は特殊だ、大手町・霞ヶ関の考え方を捨てろ」とよく言われる。本書によれば東京人は、

 

・全国でとびぬけた出世率、その分競争が激しい

・「お金は汚いもの」という認識は全国最低、貯蓄率も高い

・情報通だが、流行の移り変わりが激しく、人間も飽きっぽい

 

 とある。古い因習など「どこ吹く風」というわけ。

 

 かつては大阪が経済では東京に対峙していたのだが、今やいろいろな意味で東京一極集中である。これが進むのは好もしいことではないので、筆者は「東京で原型を作り、地域ごとに異なった気質の中で、まわりに合う形で独自に育てる」ことが重要だといいます。これは僕の地方行脚の際にも、参考になる言葉でした。

四方八方斬りまくり、でも一つの気付き

 2022年発表の本書は、気鋭の政治学白井聡氏と抗う新聞記者望月衣塑子氏の現代政治批判書。安倍元総理が亡くなった後の選挙で、立憲・共産連携がぎくしゃくし、両党が議席を減らし維新の会が台頭した後の政治情勢を分析したもの。基本的には、自民・公明・維新はもちろん、立憲・国民などの野党も断罪、褒めているのは共産党の一部とれいわだけである。

 

 WWⅡ後の占領体制に発する米国支配が80年近く続いた日本だとの主張で、戦後の民主化と言われたものは「単に天皇が国体だったスキームから、米国が国体になっただけ」と手厳しい。それを唯々諾々と受け入れてきた日本(国民)は、もう行きつくところ(本書の題名に言う解体)まで行かないと立ち直れないとある。

 

        

 

 原発事故も五輪招致も、カジノ・IRから万博まで、決定プロセスは決して国民主権ではなく国家主義そのものだという。もちろん統治しているのは米国。米国支配に逆らって来たのは唯一共産党だが、構成員の高齢化もあり衰退気味。

 

 国民、特に若い世代の政治への無知が著しく、主権を持っていることも忘れているといいたげだ。官僚機構、メディア、産業界、学界も糾弾していて、特に技術系の人は歴史や哲学を学ぼうともしない「理系バカ」で、

 

・社会性の未熟さ

・社会観の貧困さ

・精神年齢の幼さ

 

 があるとしている。ちょっと怒り!

 

 300ページすべてがこの論調で、自分たち以外は無能で無気力だという。左派系についても、真の左派ではなく「左派利権」で喰っている人も少なくないとある。高名なジャーナリストの実名が挙がっていた。

 

 ひとつだけ興味を惹いたのは「利権とメディアの癒着」の章。左派系メディアはカネが集まらない。小口寄付とボランティアが中心だが、メディアの中には利権と結びついて「経営」しているところがあるという。あくまで示唆だが、政党交付金など使い道の見えない資金がこれらに流れているといいたげだ。

 

 なるほど、自民党裏金疑惑が晴れないのは、一部メディアにも流れていたということでしょうか?いかにも、ありそうなことではあります。

 

新興国29ヵ国の行方

 2023年発表の本書は、比較政治学・国際関係論が専門の東京大学恒川恵市名誉教授の新興国論。多様な切り口と経済指標から、新興国と呼ばれる29ヵ国の経済・政治・軍事を論じたもの。1970年ごろ新興国だったシンガポールや韓国は先進国入りして、今は次の国々が新興国として名乗りを挙げている。この29ヵ国は3つに類型できる。

 

1)天然資源に恵まれている

2)国内市場(人口)が大きい

3)中・高度技術で製造能力が高い

 

 人口や天然資源というポテンシャルがあった国が、産業政策によって発展するケースと、グローバリズムの波に乗って成長したケースが目立つ。主役は、製造業の技術向上を推進力とした国々である(*1)。しかし29ヵ国内の事情や、経済発展度には大きな差もある。例えばロシアは、本来先進国だったはずの国。ソ連崩壊の混乱期にGDPを下げたが、2005年以降は米国を上回る経済成長を遂げた。

 

        

 

 また各国の所得レベルについては、まだ低所得から抜け出せない国も多く、中所得国になったものの「罠」にに掛かっている国も多い。これは、

 

・技術の伸び悩み等で高所得国に入れないうちに

・賃金の安さで追いかけてくる低所得国に市場を食われる

 

 現象である。また経済成長で格差が拡大すると、社会福祉の必要性が高まる。中所得国は、R&D等に注力して高所得国を目指したいが、一方で社会福祉に資源を獲られて中所得国にとどまることも少なくない。

 

 政治体制としては、民主主義・権威主義に分かれるが、民主国家の条件は、

 

・異議申し立ての自由

・政治参加

・少数意見の保護

 

 ができていること。権威主義国家を維持するには、カリスマ・伝統・法の3条件が必要だとある。

 

 また国際関係を考慮に入れると、自由主義的国際主義と国家主義自国主義に分かれ、日本としては前者の国と連係して29ヵ国の少しでも多くを自陣営に引き入れる外交をすべきとある。

 

 ただ日本市民は他国と比較して、国益意識や自国への忠誠が非常に低い。この点が、日本外交や安全保障の最大の弱点なのかもしれませんね。

 

*1:だから先進国は、第二次産業の比率を下げざるを得ない。

裏面から見た各国の悩み

 2022年発表の本書は、国税調査官出身のフリーライター大村大次郎氏の「世界の歴史・経済論」。もちろん世界を動かしている最大のものは、イデオロギーや宗教、軍事力ではなく「お金」である。その視点から、通常表には出てこない真実がいくつも紹介されている。

 

 面白かったのは、タックスヘイヴン(TH)の黒幕。筆者はこれを英国(勢力)だという。最大の経済大国である米国は、同時にTHの最大の被害者なのだが、英国の老獪な政治力によってTH叩きを果たせずにいる。これはポンドが基軸通貨だった19世紀に英国が作った仕組みで、今でも生き延びている「裏金融社会」なのだ。これを含めて、国内取引中心のウォール街よりも、国際金融の中心は今でもロンドンのシティだとある。

 

        

 

 その米国は(巨大IT以前にも)基軸通貨ドルを使って世界制覇をしたが、金の保有では賄えないくらい世界経済が大きくなってしまう。そのため、金兌換が出来なくなった(*1)。しかし、ドルに代わる基軸通貨は出てこないので、米国は30兆ドルの財政赤字、15兆ドルの対外債務を抱えながらドル札を刷り続けている。

 

 空洞化してしまった米国経済に比べると、筆者は中国経済の方が堅実だ(実質GDPでは勝る)という。WWⅡ後、国民党政権が支配するはずが、蒋介石の国民党の腐敗がひどすぎて共産党政権になってしまった。腐敗叩きを習大人が必死にしているのは、腐敗批判が一番怖い(*2)からだ。その中国の問題は、国土の65%の面積を占める自治区(新疆等)。多くは異教徒で、台湾独立を許せばかの地が蜂起する可能性が高まる。

 

 一番興味を惹いたのは、米国の「ドル刷り、財政赤字」に支えられた世界経済のリスク。誰かが借金しないといけないのが資本主義の原則。今は米国政府が、最大の借り手だ。世界全体の(バブル)経済はその上に成り立っている。例えば中国が米国国債を投げ売って国債市場が暴落すれば、世界経済が破綻しかねない。

 

 これって、誰も責任取れませんよね。どうしましょうか?

 

*1:ニクソンショック、もしくはドルショック

*2:米国があれだけ入れ込んだアフガニスタン政府があっけなく崩れたのも、腐敗が酷かったから。タリバンは(神学生だし)腐敗と上下格差が少ない。

最強安倍官邸の謎は解けず

 2022年発表の本書は、第一次・第二次安倍政権で内閣広報官、総理大臣補佐官を務めた長谷川榮一氏の「官邸録」。憲政史上最長となった政権を、主に広報畑から支えた人で、数々の「秘録」をお持ちのはず。しかし前書きの中に「内閣法で職務上知り得た秘密を秘匿する義務」があるので、踏み込まないからねとの言い訳が有り、ちょっとがっかり。

 

 広報とは4つのAを大事にするとして、

 

・宛先(Addresses)は誰か

・関心(Attension)を惹けるか

・賛成(Agreement)を得られるか

・行動(Action)に結び付けてもらえるか

 

 を今広報することの目的レベルまで含めて明確にしておかないといけないとある。例えば「COVID-19」対策なら、国民が感染状況や見通しを知って、政府の制限措置に理解を示し、行動自粛やハイジーン行動をしてくれるかは、広報戦術に大きな責任があるということ。

 

        

 

 そのためには、政治家・官庁・自治体・メディア・産業界等の協力が必要だし、常々彼らとの連携を強化する活動をしておかないといけない。さらに海外との協力関係も、より重要な役割だ。

 

 失敗も含む事例として、ゴーン事件、靖国参拝慰安婦問題、年金機構情報漏洩事件、消費税増税、安全保障法制などが取り上げられている。個々の事案は分かるのだが、やはり「で、本当はどうだったんだよ」が全く書かれていない。「○○を広報した」とはあるのだが、民間は○○を額面通りに受け取れない。「××ならいいよ」「▼▼は困る」という口伝が裏であったはず。その点が知りたかった。

 

 面白かったのは、公務員の成り手が減っていることについての持論。予算規模が膨らめば、それに伴う行政執行量が増す。予算関連のとりまとめ、申請許認可、白書の作成、国民への情報提供、戦略ビジョン策定などで大童になる。

 

 結論は「民で出来ることは民で」でしたね。これは菅官房長官の教えでしょうか?