新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

国際紛争の根底にあるのはコレ

 今年はまれに見る国際紛争が多い年だった。その根本原因となっているのが、数ある資源。地政学的な偏りが大きいことから「持てる国と持たざる国の対立」を引き起こす。2009年発表と少し古い本だが、今年の総括に読んでみた。編者は世界博学倶楽部。

 

 枯渇が心配された石油だが、採掘しつつも埋蔵量は増え続けている。これは埋蔵量が、発見された油田で今の技術で採掘できる量と定義されているから。新油田発見や、技術開発で増えてきている。埋蔵量はサウジが全体の22%でトップ。中東の国が上位を占める。ただエネルギー源としては天然ガスも有力で、これはロシアがトップ。2位のイランより8割多い埋蔵量だ。

 

 シェールオイルについては、この時点では統計値がない。エネルギー資源に恵まれない日本だが、メタンハイドレートの埋蔵量は有数。天然ガス消費量の100年分が見つかっているが、今も実用化されていない。

 

        

 

 ウランの埋蔵量はオーストラリアが24%でトップ、続くのは17%のカザフスタンレアメタルについて高いシェアを持っている国は、

 

・中国(タングステン67%、レアアース59%、アンチモン55%、モリブデン44%)

南アフリカ(白金族88%、パナジウム32%)

・オーストラリア(タンタル47%)

・ブラジル(ニオブ87%)

コンゴ民主共和国(コバルト36%)

 

 である。穀物の生産量については、

 

・小麦 中国がトップで以下インド、米国、ロシアの順

・大豆 米国がトップで以下ブラジル、アルゼンチン、中国の順

・米 中国がトップで以下インド、インドネシアバングラデシュの順

 

 生産量としては図りにくい資源「水」は、人口80億人時代となって使用量が増え、2025年には2/3の人が渇水に悩まされるとある。すでに内陸の湖や河川が干上がり始めている。

 

 国内外で話題のクルド人ですが、彼らの遊牧地の下には大量の石油があり、クルド国家が作れない理由のひとつだと本書は主張しています。南シナ海尖閣チェチェンスーダンイラクインドネシア島の紛争も、原因は資源だとありました。来年も収まる気配はありませんね。

ポピュリズム台頭は結果である

 2024年は選挙イヤー、各国でポピュリズムが台頭している。その萌芽は「Brexit」や「トランプ1.0」なのだが、2019年発表の本書はその原因を追究した経済アナリスト吉松崇氏の政治論。

 

 20世紀以降の民主主義では、右派=資本家側、左派=労働者側だったが、21世紀にはそうではないと冒頭にある。その象徴が2017年のフランス大統領選挙で、一次投票では4勢力が20%以上得票して優劣が付かなかった。その4勢力とは、

 

・親富裕層、グローバリズムマクロン候補)

・親富裕層、ネイティビズム

・親低所得層、グローバリズム

・親低所得層、ネイティビズム(ルペン候補)

 

 で、マクロン対ルペンの決選投票は、マクロンが勝った。旧左派は3項目目が一番近いのだが、それでも支持者はエリート。真に労働者のことを考える政党は無くなっていた。

 

        

 

 2016年の米国大統領選挙では、商人エリートであるトランプと知的エリートであるヒラリーの闘いとなった。極左と言われるサンダース候補も知的エリートだ。艦橋問題やダイバーシティなどに熱心な左派は、高学歴者が多い。むしろ「叩き上げ」の中学歴者が右派を支持する。低学歴者の行き場がない。各国の事情を見ると、

 

◇フランス

 統一通貨ユーロに金融政策を奪われたのが大きく、マクロン新自由主義的政策も不評。極右も極左も「反EU」で、マクロンの下に中道が集まって「親EU」を支えている。

 

◇英国

 1990年代から労働党が「ニューレイバー」になって、労働者層を顧みなくなった。保守党の緊縮予算方針もあって低所得層に不満が溜まり、怒りの矛先が移民に向いた。

 

◇米国

 オバマ政権でマイノリティの地位が向上、ヒスパニック系の移民が増えて白人がマイノリティと化した。「アメリカンドリーム」の恩恵に少しでもあずかっている層は、民主党から離れた。

 

 政治が既存エリートに独占されているという怒りが、ポピュリストを台頭させたとの主張でした。マクロンの中道は「極中」との説(*1)もあって、それが腑に落ちる論説でしたね。

 

*1:実感のわかない「極中」政治勢力 - Cyber NINJA、只今参上

変革のための戦略と事例

 2023年発表の本書は、淑徳大学教授雨宮寛二氏(経営学)のDX戦略論と実戦例集。DXを単なるIT導入と勘違いしている企業が多く、本当の意味の構造改革に着手していない。経営学の視点からのDX論として、興味深く読んだ。

 

 DXのキーはデータだが、企業がデータを集めるのはいいとして、特に整理されていない「データレイク」を目的によって整理統合した「データウェアハウス」に昇華することが重要だとある。その上で、4つの戦略が示されている。

 

1)エクスペリメント戦略

 企業体験を最適化するため、ニーズの発掘やプロセスの単純化をすること。事例としてダイムラーがローカル5Gを使って製造現場革新したことが挙げられている。

 

2)データドリブン戦略

 データ解析による新しい知見により、データ主導で意思決定を行うこと。事例として、クボタがエッジAI(化した農機具)を使って農業改革をしたことが挙げられている。

 

        

 

3)ヒューマンスキル戦略

 社員のスキルや能力の最適化や向上を図るため、社員をエンゲージメントすること。事例として、リスキリングやその結果として異動への反映をしているAT&Tが挙げられている。

 

4)アジャイル戦略

 事業環境の変化に合わせた組織の最適化を行うため、アジャイルな開発手法を導入すること。事例として、医薬品業界や建設業界のPOC(実証実験)が挙げられている。

 

 以下事例として、

 

・テスラ

 完全受注生産を支えるデジタルツイン(*1)と部品内製化率7割。自動運転化のためのスキームも開発

ウォルマート

 製造・流通・販売をデジタルで一体化した、インテリジェント・リテール。自前の衛星で、通信が不十分な地域までカバー

・アリババ

 流通・通販・決済などを支配し、データドリブンな最適化を実現。ヘルスケア分野にも同様の考え方で進出

・ネットフリックス

 オンラインDVDレンタル」、ストリーミング配信を通じ、視聴者情報からAIを使って独自コンテンツ製作にいたる3段階DX

 

 結論としてDXに必要なことが4点明示されている。

 

・あるべき姿の明確化

・企業文化の変革

・セキュリティの確保

・パートナーシップの拡大

 

 僕自身も関わっている話が多く、納得できる解説でした。

 

*1:全てシミュレーションで完結

道義的な観点を外し、冷静に

 2020年発表の本書は、国際政治学者友原章典氏の「移民論」。欧米で移民排斥の声が多くなる中、日本も今後移民問題と排斥運動の激化が予想される。一部に感情的な議論があることから、本書の「道義的な観点を外し、純粋経済的な面を見て」のスタンスに期待して買ってきたもの。

 

 本書では諸説ある移民の定義を「海外からきて、長期的に住んでいる人」としている。日本に住む移民(外国籍の人)は約250万人、米国(5,000万人)の1/20である。人口比で言うと2%で、14~16%もいる英米独に遠く及ばない。そこで米国などの統計を基に、移民の経済効果について検証している。

 

        

 

 まず労働市場についてだが、国境をなくして自由な移動を認めると、理論上世界のGDPは1.5~2.5倍になる。ただこれには条件があって、先進国のシステムが移民によって変更されない(つまり移民側だけが変わる)との前提だ。

 

 移民が労働市場に入ってきても、マクロ的には賃金に変化はない。しかし特定の地域や業種によっては、賃金下降が見られる。例えば、高校中退や既存移民の層では市民対移民の競合が起きて賃金が下がる。育児サービスなどに従事する労働者が増えるため、高技能女性の社会進出は増える。この層の出産数も増えるが、そのような女性が男性の職場を侵食するため、男性の格差が激しくなる。

 

 住宅・不動産については品薄になるので、一般に(短期的に)は値上がりする。資産を持っている人には恩恵になる。しかし局地的(スラム等)には値下がりする場所も出てくる。移民は公共サービスを使う量が少ないので、財政負担を減らす(*1)ことが多い。しかし米国ほど増えてしまったり、また手厚い保護をすると財政負担が増えてしまう。

 

 社会的対立や孤立、犯罪増・治安悪化という点についても、局地的なことを除いては移民の悪影響を示す統計はない。確かに日本でも、人口当たりの軽犯罪は多いものの、重犯罪は逆に少ない。

 

 少子高齢化、人手不足の日本ゆえ、移民問題は方々で語られますが、ちゃんとして統計や学識者の意見を知りたかったので、大変参考になりました。

 

*1:要は社会として移民が「お得」

あるべき&ありたき日本2026

 2017年発表の本書は、堺屋太一最後の小説・・・ではあるが、小説の形をとって僕たちに「あるべき&ありたき日本像」を示してくれた書だ。2026年、政府債務は1,500兆円(GDP比3倍)に達し、毎年40兆円の国債を発行しなくてはならないところまで日本政府は追い詰められた。人手不足もありGDPは伸びず、空き家率は2割を超えている。平均寿命も、2024年にピークをつけてしまった。

 

 自民党の財政拡張路線とたもとを分かった新党「健全党」徳永党首らは、野党連合を結成して政権を奪取した。徳永政権は「身の丈の国」にするとして、

 

・国民人生の規格統一

・流通の無言化

・東京圏の国会議員増

 

 を掲げた。東京一極集中で各所の無駄を省き、効率化を図るというものだ。多くの施策が「バラ撒き」として切り捨てられたものの、それでも国家予算は125兆円を超え、財政赤字は減らない。

 

        

 

 これに対し大阪府の杉下知事らは「第二の仕事」を解禁するという。余力・能力のある人に、本業の傍ら力を発揮してもらおうというのだ。記者の「本業がおろそかに、また格差が広がる」との指摘に知事は「おろそかにはさせない。格差はできて当然」と言い放った。西日本中心に何人かの知事が賛同して、公務員の副業解禁をはじめている。

 

 また心理学者吉田教授は、日本の長い低迷は「欲なし、夢なし、やる気なし」の風潮によるとして、江戸時代の「ええじゃないか」のような旋風を巻き起こして特に若い世代の「欲・夢・やる気」を喚起すべきという。人手不足も余ってきた日本の大学や医療機関を各国に輸出、日本語&技術を教えた人たちを移住させることで解決するという。

 

 これらのプランと意見を戦わせた徳永総理は、自分の政策が日本をつまらない社会にしてきた官僚政治の究極の姿であることに気づく。日本は戦後の「地獄」から努力を積み重ねて「天国」を作ってしまったのだ。この路線はゆきどまりゆえ、カタストロフを起こそうと、

 

道州制の導入

大阪都と東京都の二極体制

・税源含めた地方への権限移譲

国保有資産の地方への売却で、政府債務を地方債務に移行

 

 という大手術を試みる。

 

 作者が「大阪維新の会」でやりたかったことは、恐らくこれですね。2019年に堺屋先生は亡くなりましたが、その遺志は誰が継いでくれるのでしょうか。