新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

ニューヨークの都市交通

 アメリカは基本的にクルマ社会である。1800年代に"Rail Baron" と呼ばれる鉄道敷設競争もあったが、基本的に都市間交通の話。1900年代にあった年の近距離交通も徐々に廃止されていった。近郊電車や市電の経営が傾くと当時新興企業だった自動車産業がこれを買収、バス路線化して電車を廃したわけ。

 
 自動車産業によくそんな原資があったなと思ったが、あくまで噂だが、そのカネはオイルメジャーが出したという。一家に一台(いや複数台)ガソリンガブ飲み車を持ちましょう、というキャンペーンである。「ガソリンの1滴は血の1滴である」と節約せざるを得なかった、日本やドイツとはえらい違いだ。
 
 閑話休題。欧米ミステリーを読んでいると、車で出かけるシーンももちろん多いが列車/電車に乗るシーンも多い。イギリスミステリーに後者の傾向が強く、アメリカミステリーは前者が多い。探偵エラリー・クイーンの愛車「デューセンバーグ」は、名前からするとドイツ車だろう。

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 あまり列車/電車が舞台のミステリーが多くないアメリカで、そのエラリー・クイーンが別名で書いた「Xの悲劇」はニューヨークの市電や近郊電車が殺人現場として登場する。最初の犠牲者は、雨で混み合う市電の車内で「ニコチン毒を塗った針」で毒殺される。コルクに無数の針を刺した奇妙な凶器である。
 
 被害者を巡っては怪しげな過去や取り巻きがいて、容疑者には事欠かない。しかし市電の中が密室状態であるので、大勢ではあるが容疑者は特定できる。その後第二の殺人は渡し船の埠頭で、第三の殺人はニューヨーク・ウィーホーケン間の普通列車で起きる。東海岸の都市交通を舞台にした連続殺人に挑むのは、引退した名優ドルリー・レーン。
 
 「Yの悲劇」の方が有名であるが、こちらは富豪一家の中でおきる怪事件、イギリススタイルと言えなくもない。「Xの悲劇」は都会的で、ダイナミックな動きがあるだけアメリカンスタイルで、僕はこちらの方が好きだ。解決に至るロジックの鮮やかさも遜色はない。
 
 中学生のときに読んで、本格(パズル)ミステリーにはまるきっかけになった作品である。今回読み返してみて、1930年ごろの都近郊交通はこんなだったのかと知ることができた。今市電は地下鉄に替わっているものの、近郊列車や渡し船は立派に市民を運んでいる。最近、ミステリーの背景まで楽しめるようになりました。