新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

おせっかいな私立探偵

 ロバート・B・パーカーのレギュラー探偵スペンサーは、かなりおせっかいな探偵である。僕が最初に読んだ「失投」では、レッドソックスのエースが八百長をしているのかどうかの調査を球団に依頼される。エースは妻の秘密をネタに強請られて、泣く泣く「失投」をしていたのである。

 
 普通の私立探偵なら、それを依頼元に報告してミッション終了。もちろん、これではミステリーにはならない。フィリップ・マーロウあたりなら、調査の過程で殺人事件が起きて「失投」事件はイントロの位置づけになるかもしれないが、スペンサーは違う。エースの八百長を表に出さず、彼の妻の秘密も守ろうとする。となれば、強請り屋を始末するしかない。実際、最後は強請り屋とその用心棒をショットガンで吹き飛ばしてしまう。
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 本書でも、離婚した夫が連れて行ってしまった息子を取り返してくれとの依頼で、スペンサーは少年ポールを見つける。ただ彼は気力も体力もなく、両親のはざまで悩むだけの存在だった。いろいろな経緯はあるにせよ、スペンサーは彼の両親を含めた誰かへの依存心を払拭するために、彼を鍛えるという選択をする。
 
 ランニング・ウェイトリフティング・ボクシング・料理・大工仕事等々、15歳の彼にビールやシャンパンを飲ませることさえする。その熱心さには、スペンサーの恋人スーザンもあきれるばかりだ。そして6カ月、ポールは一人前とまではいかないが自らの意見や嗜好を言い、自信をもって主張し将来を考える青年に成長する。スペンサーがポールをトレーニングにいざなうプロセスや、そのセリフが面白い。男が男を鍛えるということを、非常に分かりやすく紹介してくれるテキストではないかとすら思う。
 
 結局それだけのおせっかいでは終わらず、両親からポールの自立を確保するために、違法なことにまで手を付けるスペンサーだった。前作「ユダの山羊」で賞金稼ぎをしたアブク銭があるせいか、余裕をもって事件に臨む彼は生来のおせっかいさを100%出し、ポールの人生を救う。ハードボイルド探偵が少年と絡んだ例は多くない。ひょっとすると、スペンサーシリーズ中の最高傑作かもしれない。