新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

価値のないもの盗みます

 エラリー・クイーンという筆名を持つうちのひとり、フレデリック・ダネイは編集者としても巨大な足跡をミステリー史に残した。彼は「ミステリー・リーグ」という雑誌を創刊し一度は失敗するものの、再び「エラリー・クイーンズ・ミステリー・マガジン」(EQMM)を創刊して、読者層を広げ多くの作者を発掘した。

 
 EQMMでデビューした作家のひとりに、エドワード・D・ホックがいる。ひねりの効いた短編の名手で、「長い墜落」という作品が有名だ。高層オフィスから落ちたと思われた経営者の死体は、どこを探しても見つからない。失踪事件かと思いきや、4時間あまり後に当人が墜落死する。ずいぶん長くかかった墜落だというのが、読者に突きつけられる謎である。

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 ホックは数々のユニークな主人公を生み出したが、今回紹介するのは怪盗ニック・ヴェルヴェット。「なんでも盗みます。ただし無価値なものに限る。基本料金20,000$」というのが看板の泥棒である。
 
 彼のもとには、奇妙な依頼が次々に舞い込む。回転木馬1頭、恐竜のしっぽの化石ひとかけ、プロ野球チーム一式、陪審員一式、囚人のカレンダーなどなど。とても無価値なものとは思えないが、現金・宝石・有価証券のようなものでないことは確かだ。
 
 もちろん、依頼そのものに何らかのウラはある。ニックはそれを承知で引き受け、依頼を完遂して報酬を手に入れる。時々(なじみの)警官に逮捕されそうになるが、機転を利かして切り抜ける。難題にひとりで立ち向かう姿勢と知恵、血をみるのは嫌いで暴力を使わないスマートさ。近代のアルセーヌ・ルパンといったところかもしれない。
 
 怪盗ニックものは、いずれもEQMMなどに掲載されたもので、どれも30ページくらい。ユーモアたっぷりで、気軽に楽しめる小品である。