新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

寡作の鬼才

 アイラ・レヴィンという作家がいる。足掛け50年間に、7作しか書かなかった。恐らく日本では、そのうちの2作しか知られていないだろう。
  
 ・死の接吻 A Kiss Before Dying   1952年
 ・ローズマリーの赤ちゃん Rosemary's Baby  1967年
 
 しかし、この2作とも尋常な小説ではない。「ローズマリーの赤ちゃん」にいたっては、ミステリーと区分することすら難しい。2作ともミステリー誌の書評などの評判が高く高校生のころ読んだのだが、何とも言えず複雑な気持ちになった。本格ミステリーを読めば、大なり小なりさっぱりとした気持ちになるのだが、これらはそうではない。
 

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 何か、「人生のどろどろした面」を見たような気がしたのだ。「死の接吻」は本格ミステリーの面もあるが、倒叙ミステリーとしても読める。その犯人の心理描写が、この世界の嚆矢ともいえるF・W・クロフツの「クロイドン発12時30分」などより真に迫っているのだ。「クロイドン・・・」の犯人(主人公)は愛する女性を獲得するため、殺人に手を染める。この「愛」は殺人の動機を説明するために存在するわけで、読者が納得できればそれでいい。
 
 「死の接吻」の犯人の動機は、これとは異なる。もっとどろどろしていて、その分リアリティがある。ある覆面作家(今も正体はわかっていない)が「この手で人を殺してから」という短編を発表している。完全犯罪を克明に描いたもので、実話ではないかと騒ぎになった。それに近いリアリティが「死の接吻」にはある。その感覚を再び味わおうと、古書店で手に入れ40年ぶりに読んでみた。
 
 うん、少しは分かるようになったかな。この作家の恐ろしさというものが。