イギリスには、女流ミステリ作家が多い。P・D・ジェイムズ、ドロシー・L・セイヤーズ、クリスチァナ・ブランド、マージェリー・アリンガム等々。いずれも忘れがたい作者たちだが、その中でも、質・量ともに「ミステリーの女王」と呼べるのはアガサ・クリスティだろう。
1920年「スタイルズ荘の怪事件」でデビューした時から、初期には「意外な犯人」を追及していたようだ。本格ミステリーのルールを定めたものに「ノックスの十戒」「ヴァン・ダインの二十則」などがあるが、彼女はこれらを含む常識をくつがえすこともいとわず、意外な犯人を求め続けた。
「アクロイド殺害事件」発表後は、賛否両論が分かれた。読者を欺いたという批判もあったが、ミステリーとは稚気の文学であり挑戦し続けることに意味があると考える僕は、欺かれたという気にはならなかった。
プロットそのものがトリックのような面があり、さまざまな制約がある中で長編を書きあげるには大変な苦労があったと思われる。原文を読んだことはないが、ある訳者が「読み返してみると、言葉の端々まで気を使っているのがわかる」と言っていた。
結局発表以来90年を経て、いまだに読まれている古典的名作になった。「十戒」「や「二十則」は原則であり、その枠に収まらないからといって、ミステリーと呼べないとは言えないと思う。
クリスティはその後、エジプトなど海外を舞台にしたものや、国際的なスパイ物も書き、小説だけでなく戯曲も手掛けた。生涯で66編の長編ミステリー、156編の中短編ミステリー、15編の戯曲などを残し、1976年86歳で没した。