新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

推理の競演

 本格推理小説の主人公は、おおむね探偵役である。ワトソン型の語り部や助手が付き添うこともあるが、推理や解決を複数の探偵がリレーしたり競争したりするものは珍しい。エラリー・クイーンは初期の短編「アフリカ旅商人の冒険」で一度だけ試みているが、堂々と長編で6名もの探偵役が推理を披露しあう作品を書いた人がいる。
 

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 アントニー・バークリー・コックスは多作家ではないが、4つ以上のペンネームを駆使して多様な作品を書いた。フランシス・アイルズ名義では「殺意」「レディに捧げる殺人物語」など、倒叙推理小説の手法を使って犯罪心理を描いている。彼が「推理の競演(饗宴?)」に挑戦したのが「毒入りチョコレート事件」である。
 
 登場人物も豪華である。10本の長編に登場しレギュラー探偵の座にあるロジャー・シェリンガムに加えて、準レギュラー探偵のアンブローズ・チタウィックも出てくる。両者の顔合わせはこの作品だけだし、いわば「フェル博士対ヘンリー・メリベール卿」(これって100kg超級決勝?)みたいなものだろうか?

 紳士が白昼毒殺され、凶器はチョコレートに封じ込められた毒物だとわかる。本当に紳士が狙われたのか?彼の夫人が狙いでは?などの疑問はあるが、登場人物の少ない(探偵役の方が多い!)シンプルな謎の設定である。この事件について、警察が1件、6名の素人探偵が7件(1名2件出した人がいる)の解決を示すという趣向。
 
 毒殺というのは毒を仕込む機会が誰にあったのか、仕込んだ時期はいつかなど他の殺し方より謎の部分が多い。ミステリーの手法としても「アリバイ崩し」など毒殺では意味があるとは思えない。中盤でシェリンガムが一応の解決を説明するのだが、女流作家に推理をひっくり返される。そして最後にこれまで黙ったいたチタウィックが重い口を開いて・・・。読者は、都合7回のどんでん返しを経験できるわけ。一度、経験されてはいかがでしょうか?