新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

ロサンゼルスの黒人街

 ウォルター・モズリイはカリフォルニア生まれの作家、ユダヤ人の母と黒人の父を持ち少年期は貧しい暮らしだったようだ。40歳を前に発表した本書がいくつかの賞を受賞し、プロ作家となった。以後成人向けやサイエンスフィクションなど40作ほどを書いたが、一番多いのが本書をはじめとする黒人私立探偵イージー・ローリンズものである。

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 舞台は1948年のロサンゼルス。職を失った退役軍人イージーは、家のローンを払うために怪しげとは思いながら、ダフネというフランス娘の行方を捜すことを引き受ける。戦争では多くのドイツ兵を殺した英雄で腕力も十分なイージーだが、今でいうPTSDに悩まされている。時折、白兵戦で殺したドイツ兵のことを夢に見るのだ。ドイツ兵はもちろん白人で、黒人が白人を殺したということが(僕らにはわからないが)何か大きな心の重石になっているらしい。

 

 青いドレスがトレードマークのダフネは黒人街が好きで、ひとりで黒人たちの酒場や路地に出入りするらしい。白人ではそれらのところに入れないので、イージーが雇われたようだ。しかし彼女の影を追うイージーの周りで次々と死者が出る。あるものは顔かたちが分からなくなるまで殴られ、あるものは肉斬り包丁で一突き、ついに市長候補だった男まで射殺されてしまう。

 

 イージーは決して猪突猛進型の探偵ではない。カネのためにいやいやながら人探しをしているが、本音はとっとと逃げ出したい。ましていく先々で死者が出るようでは・・・しかしナイフ使いのギャングや警官(もちろん白人)までが絡んできて、ダフネを見つけないことにはみずからの命も危なくなってしまうのだ。

 

 背景に流れる黒人街の猥雑さ、不潔さ、奇妙な連帯感などは、作者が少年だったころの街をそのまま書いているように思え、リアリティがある。何度か窮地に陥り殺されそうになるイージーを助けてくれたのはテキサスからやってきた古い仲間のマウスという乱暴者(当然黒人)。ついにダフネを見つけて一緒に逃げようとしたイージーだったが、ダフネの魔力はイージーをも飲み込んでしまう。原題にあるように、ブルードレスを着ていたのはDevilだったのだ。

 

 エンターティメント色の感じられるスペンサーものなどとは違った、ずしりとしたものが感じられる作風である。拳銃使いのマウスも、スペンサーの相棒ホークのように見えなくもないのだが、やはりずっと重く不気味だ。発表(1990年)後、名優デンゼル・ワシントンがイージー役を務めて映画化(1995年)もされていて、米国ではベストセラーになったシリーズなのだが邦訳は少ない。やはり白人と黒人の根深い何かが、日本では理解されにくいように思う。