新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

最初に読んだ倒叙ミステリ

 ミステリの一番の売りは "Who done it?" だと思う。不可能犯罪を暴く "How done it?" などもあるが、やはり「犯人はお前だ」というのが王道だ。巨匠エラリー・クイーンはデビュー2作目 "French Powder Mystery" で最後の1行で犯人の名前を言うというアクロバティックな趣向をこらしている。このように犯人の名前が、ミステリでは最重要テーマなのだ。

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 それを最初から捨ててしまったミステリもある。それを「倒叙もの」という。冒頭にある登場人物表に堂々と犯人の名前が載っていて、最初はびっくりしたものだ。この形式のミステリでは、犯人が主人公と考えればいい。読者は犯人と一緒になって、悩み、恐れ、安心し、絶望することになる。警察や探偵の立場では、死体が出てきてそこから物語が始まるが、実際にはその前に長い物語があるのは不思議ではない。
 
 相手がいかに殺されてしかるべき「悪者」でも、殺人となれば簡単に思い切れるものではない。主人公たる犯人が、なぜ犯行にいたったのか?その悩みや葛藤、罪を逃れるための工夫を緻密に描くのも、興味深い "Crime Story" になるのだ。
 
 作者 F・W・クロフツは鉄道技師だったが、体調を崩して休養していた時にミステリに触れ、作家に転身している。本作にも技術者らしく、工場経営者である犯人がコストや品質、設備投資に悩むシーンがリアリティを与えている。
 
 ミステリの作風としては、フレンチ警部(のちに警視)ら優秀だが普通の警察官の地道な捜査によるアリバイ崩しなどを得意とした。僕も最初に「クロイドン発12時30分」を手に取った時は、飛行機を使ったアリバイ工作が出てくるのだろうと思っていたが、それは間違っていた。犯人が予期しなかったアクシデントで遠出をしないはずの被害者が国際線のフライトに搭乗し、そこで死を迎えたのだった。
 
 それにしても1934年発表の本作に、国際線フライトや南欧へのクルーズ旅行が出てくるのは、さすがに大英帝国。昭和9年の日本では、考えられない豊かさではないかと思う。