20世紀初頭のアメリカが生んだ名探偵と言えば、僕はこの人ではないかと思う。哲学博士、法学博士、王立学会員、医学博士等々の肩書を持つオーガスタス・S・F・X・ヴァン・ドゥーゼン教授。年齢不詳だが年より老けて見え、小柄でやせ型、斜視気味の風采の上がらない中年男なのだが、初めてチェスのコマをもった対戦で世界王者を破った天才である。今風にいえば、AI(人工知能)が将棋のプロを負かすようなものだろう。
あだ名は<思考機械>、不可能と誰かが言うと不機嫌になり、「2+2はつねに4だ」と論理的思考の重要さを説く。コナン・ドイルがシャーロック・ホームズものを書き始めたのに10年遅れて、<思考機械>は誕生した。
各巻には10ほどの短編が収められている。なんといってもトリックが秀逸で、ホームズものより僕は好きだ。アリバイ崩しあり、映像トリックあり、密室ものありとバラエティに富んでいるが、「隅の老人」の得意とした暗いガス灯下での人間すり替えのようなトリックは見られない。これもボストンで暮らしていた作者ジャック・フットレルとロンドン在住のオルツィの違いかもしれない。