新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

火付盗賊改方

 池波正太郎の3大シリーズものと言えば、「仕掛人藤枝梅安」「剣客商売」と、この「鬼平犯科帳」であろう。1967年「オール讀物」に第一作が登場してから合計132編が発表されている。火付盗賊改方長谷川平蔵とその家族や配下、密偵たちを描いた作品で、時代劇でありながらリアリティのあるミステリーに仕上がっている。

 
 火付盗賊改方長谷川平蔵宣為は実在の人物で、徳川時代中期に特別な警察機構を運営するとともに、人足寄場を設置するなど、犯罪者更生に力を尽くした人でもある。徳川時代初期の、豊臣の残党や政権への批判分子は減ったものの、食えない士族も増えていて江戸の治安は悪化していた。
 
 紙と木でできている江戸の町は、火事に弱い。現に江戸城本丸も、一度大火で焼け落ちてから再建されていない。火付けという犯罪は、単純な殺人などよりよほど重い罪状だったのだ。一方、盗賊も凶悪化していて、押し込み(強盗)に入った商家の人たちを皆殺しにする「急ぎ働き」も増えていた。

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 従来の警察組織では対応できないとの指摘があり、新設された機動武装警察が「火付盗賊改方」である。その何代目かの長官に就いたのが長谷川平蔵。作者は、史実を下敷きにポリスストーリーとホームドラマとクライムストーリーを混ぜ合わせた大河ドラマを織り上げている。
 
 盗賊をはじめとする犯罪者は、独自のコミュニティを持ち普通の市民や、ましてや支配階層である士族では理解できない世界にいた。そこで「鬼平」こと長谷川長官は元盗賊を改悛させて密偵とし、犯罪者コミュニティへのネットワークを拓いた。
 
 いわゆる捕物帖ものも、主役は「岡っ引き」であることが多い。正規の警官である与力・同心ではなく、民間委託補助警官のような存在である。サムライ階層では市井の情報は得られなかったから、このような非正規警官が必要だったのである。
 
 鬼平シリーズは、これらの「岡っ引き」ものとは一線を画すリアリティのあるミステリーである。平蔵は剣の達人ではあるが、何度も負傷するし死を覚悟するシーンもある。同時に何人にも撃ちかかられたら、達人でも防ぎきれないことが明記されている。江戸時代の市井の雰囲気や、料理の表現も出色である。作者の書きたかったのは、江戸文化そのものだったのだろうと思う。