新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

レッドソックスのエースに何が

 レイモンド・チャンドラーの描くアメリカは、1940年代のロスアンゼルス。事件を追うフィリップ・マーロウの周りには軍に入隊するなど、第二次大戦の色が濃い。エド・マクベインの87分署シリーズは、架空都市アイソラの1950年代から始まる。刑事の何人かは第二次大戦に従軍経験がある。
 
 今回紹介するロバート・B・パーカーの「私立探偵スペンサー」シリーズは、1970年代のボストンから始まる。スペンサーにも従軍経験があるが、それは朝鮮戦争だ。ベトナム戦争も終盤に入り世相は明るくはないが、物質文明はある意味ピークに達し、現代と大きく変わらない街のいとなみがうかがえる。

         f:id:nicky-akira:20190414083125p:plain

 
 このスペンサーという探偵、孤高で寡黙、ストイックな先輩(フィリップ・マーロウリュウ・アーチャー)たちと違い、ひどく饒舌だ。しかも口を出る言葉の半分以上がJokeである。一瞬何のことかわからないものもあるし、当時のアメリカの常識がないと全くチンプンカンプンなものもある。
 
 私生活では、ランニングを5マイル、腕立て伏せ100回、スクワット100回などと健康志向の一方で、クルマを運転しながらワイルド・ターキーをラッパ飲みすることもある。とにかく、お酒は好きなようだ。輸入ビールが手に入らないので国産で辛抱している(きっとサミュエル・アダムズだろう)とか、ワインにカクテルなんでもたしなむし、最後はバーボンという次第。
 
 さて本作は、スペンサーシリーズの3作目。訳者によれば、前2作は普通の私立探偵だったスペンサーがヒーローに変貌してゆく曲がり角になった作品だという。レッドソックスのエース左腕に、八百長疑惑が浮上する。調査を依頼されたスペンサーの前に、賭博の元締めや放送界の大立者が立ちふさがる。血を見ないでは収まらない用心棒や殺し屋も現れて、さしものスペンサーもJokeばかり飛ばしてもいられなくなる。
 
 半分ほど読み進んだところで事件の全貌は見えてきてしまうが、窮地に陥っているエースピッチャー夫妻に対して、スペンサーが何をしてやれるのかが読者の興味をつなぐ。そこが私立探偵⇒ヒーローの転換点になるラストに結びつくところだ。ちなみに、マーロウの依頼料は$25/日だったが、スペンサーは$100/日とのこと。30年間で、4倍のインフレになったということだろうか。