新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

第三次欧州世界大戦の実相

 「レッドオクトーバーを追え」でデビューしたトム・クランシーは、第二作に第三次欧州大戦ともいうべきNATO軍とソ連軍の全面戦争をテーマに選んだ。デビュー作同様、有名なゲーマーであるラリー・ボンドを協作者にしている。デビュー作は北大西洋での潜水艦戦と、それを指揮する米ソ両国の軍や政治中枢の動きを描いたものだ。潜水艦戦のリアリティは、ラリー・ボンドが「ハープーン」という海戦ゲームのデザイナーであったことから得られたものだろう。

 

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 「ハープーン」はのちにビデオゲームとしても発行されるが、潜水艦の探知・魚雷等での攻撃・回避などのシミュレーションを精緻に再現したゲームとして知られる。題名となっているのは、米軍が開発した対地・対艦ミサイルの名称である。
 
 本書は1986年の発表、ソ連崩壊が迫っているころだが、その近未来を予測していた人は多くなかった。ソ連軍はデジタル技術などで後れを取り始めていたが、地球を何十回も破壊できる核兵器保有し、通常戦力でもNATO軍を上回っていた。
 
 東西ドイツ国境線には、NATO軍・ソ連軍が展開していて、西ドイツ南部の「フルダ峡谷」をソ連の機甲部隊が大挙進撃してくるリスクは常にあった。本書では、イスラム過激派のテロによってシベリアの石油施設を失いエネルギー危機に陥ったソ連が、NATO軍を先制攻撃して、その隙に中東侵攻を図ったことから始まる。石油ビジネスでもっている現在のロシアからは考えにくい想定ではあるが、イスラム過激派のテロは、当時からリスクだったのだなと考えさせられる。
 
 今度は潜水艦戦のほか、輸送船団への航空攻撃・航空母艦からの戦闘機邀撃・空挺部隊の降下・強襲揚陸艦からの上陸・砲兵支援の下の機甲部隊の渡河・航空部隊の対地攻撃・戦艦の艦砲射撃・スペツナズによる奇襲など核兵器以外の戦闘シーンが盛りだくさんである。
 
 欧州大陸における通常陸上戦力ではソ連が勝り、航空戦力ではほぼ互角である。奇襲効果を考えれば、北ドイツ平原を侵攻する場合オランダやベルギーまで到達できる可能性はあった。しかし米軍が大西洋を渡って物資や戦力を送れば、その進撃は止められ押し戻されるだろう。ソ連としてはその輸送船団を攻撃しなくてはならず、NATO軍としては航空母艦も繰り出してこれを護衛することになる。激しい戦闘はハノーバーハーメルンといった北ドイツで続くが、同時に北大西洋での海戦も激しさを増す。
 
 目まぐるしくシーンが変わる1,200ページだが、「The Longest Day」や「Bridge Too Far」のような大作映画を上回る迫力である。あまりにもスケールが大きいので前作は映画化されたが、本書が映像化されたという話は聞かない。ソ連の軍人もフェアに描かれていて、実際には行われなかった「ソ連軍最後の咆哮」を堪能できます。