新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

戦術核魚雷の応酬

 実験でならともかく、核兵器が実戦で使用されたのは人類史上2回しかない。それも70年も昔のことで、その後核兵器の改良はどのくらい進んでいるのだろうかと思う。核兵器の応酬がどうなるのか、専門家でない僕たちには想像が難しい。映画「博士の異常な愛情」やネビル・シュート渚にて」など全面核戦争を描いた作品群も、冷戦終了後みかけなくなった。

 
 しかるべき能力を持った国同士が戦略核兵器を撃ち合えば、人類の終りというのはほぼ確実である。しかし戦術核兵器だったらどうだろう。小型の核ミサイルは砲兵数個師団の一斉射撃に相当するともいう。当然熱や爆風のほか中性子放射能汚染被害は出るのだろうが、兵器としての破壊力は(戦略核と比べてだが)限定的である。

          f:id:nicky-akira:20190414084625p:plain

 
 それでも実戦使用されていないのは、人類に核兵器に対する本能的な拒否意識があるからだろう。実際、戦術核が炸裂する小説すらもも多くない。ところが、本書「原潜迎撃」(原題:Deep Sound Channel)では、核魚雷・爆雷がふんだんに(?)登場する。
 
 2000年に発表された作品だが、時代は2011年に設定されていて、ドイツ・南アフリカに軍事政権が誕生、両国が枢軸国として米英連合に宣戦布告した後の世界である。フランス・イタリア等の動向は伝えられていないが、ロシアは枢軸寄りの国として不気味な動きをしているようだし、日本も中立国ではあるが有力な潜水艦保有国として一応警戒されているようだ。
 
 米軍のステルス原潜「チャレンジャー」は、南アフリカダーバン近くの生物兵器研究所の破壊命令を受けてディエゴガルシア環礁を出発するが、枢軸側のディーゼル潜水艦2隻との戦闘で損傷し、魚雷発射管の半数が使えなくなってしまった。
 
 一方狂信的軍人ホルスト艦長のドイツ潜水艦「フォールトトレッカー」は、巡航ミサイルで米軍航空母艦「レンジャー」を撃破した後、連合軍対潜艦艇との戦闘でこちらも傷を負う。物語は両原潜の一騎打ちに向けて、さまざまなエピソード(その結果500ページを越えてしまった)をからめながら進んでゆく。
 
 「チャレンジャー」が、1発のMk88核魚雷を使って2隻の枢軸軍潜水艦を葬るシーンが印象的だ。出力を調整(0.1キロトンから10キロトンまで調整できるらしい)して、2隻の真ん中で核魚雷を爆発させ、その爆水圧で敵潜を破壊するのだ。水中の核爆発は中性子放射能は海水にはばまれて被害は少ないのだが、猛烈な熱球ができてこれが水深の浅いところへ上がっていく。海の中に、巨大な熱水・水蒸気の球ができるわけだ。
 
 研究所破壊工作に成功して帰路に就く「チャレンジャー」に、修理が成った「フォールトトレッカー」が襲い掛かる。8門全ての発射管が使える独艦に対し、4門しか使えず魚雷等も残り少ない「チャレンジャー」は、最初の攻撃でウイルスン艦長も重傷をおってしまう。破壊工作から命からがら戻った副長フラー少佐は、初めて実戦で指揮を執ることになる。
 
 ほぼ同等の能力を持った両艦だが、ハンディを背負った「チャレンジャー」がいかに戦うかというのがミソで、伝統的な海戦ものの色が濃い。それにしても作中「あなたの国(米国)があそこまで国防予算をカットしなかったらごたごたに巻き込まれることは無かったかもしれない。いくらか節約するために、犠牲になったアメリカ人の命を考えると」というコメントがある。
 
 軍事費だけでなく外交費もすぐに回収できず再生産にも寄与しないものだが、それによって守られているものもあるということだ。ただその費用がどのくらいが適正かは、簡単に見えるものではない。これは国の経営も、企業の経営でも同じことですがね。