新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

アイソラの好敵手

 エド・マクベイン「87分署シリーズ」は、分署刑事たちのチームプレイを描いた大河ドラマのようなものである。刑事やその関係者は、殉職含めて入れ替わってゆく。読者は刑事たちになじみができて、ひいきの刑事が活躍すると嬉しくなる。
 
 作者はシリーズ12作目の本作で、ついに犯罪者側のセミレギュラー「死んだ耳の男」を登場させる。彼は、大規模な銀行強盗を企画する「賢い犯罪者」である。「死んだ耳の男」がアイソラ中にまき散らすミスディレクションに刑事たちは翻弄される。唯一真相に迫ることができたキャレラ刑事は、男の弾丸を浴びて生死の境をさまようことになる。

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 作者はキャレラ刑事を大勢の刑事の一人として見ていて、かなり初期の事件(麻薬密売人)で胸に3発の銃弾を浴びて殉職、のシナリオを書いていた。作者が書きたかったのは、刑事群像でありキャレラ刑事へのこだわりはなかったのである。しかし編集者はそれを許さなかった。イタリア系のハンサムな男で、ろうあ者だがとびきりの美人を妻にしてるキャレラ刑事はスター要素があると編集者は見たらしい。
 
 編集者の強い要望で「麻薬密売人」の最後のページが書き換えられ、キャレラ刑事は奇跡の回復を見せ妻のテディは未亡人にならずに済んだ。38口径スペシャル弾を胸に3発くらえば命はないような気もするのだが、彼はその後の作品でも以前のように駆け回ることができる。というわけで、キャレラ刑事は不死身になり本作においても再び「奇跡の回復」をする。一方「死んだ耳の男」も緻密に計画した犯罪は成功せず、命からがら逃げて次の犯罪をもくろむことになる。
 
 作中マイヤー刑事(ユダヤ系)が「普通の犯罪者は知能も低く衝動的だ。こいつは違う」と独白する部分がある。架空の大都市アイソラで87分署の刑事たちの好敵手となった「死んだ耳の男」は、以後シリーズにたびたび顔を出すことになる。