新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

サイバー空間、2001

 「どんでん返し職人」ジェフリー・ディーヴァーは、人気のリンカーン・ライムシリーズは1年おきに発表するとして、その間には単発ものを発表している。2001年に発表されたのが「青い虚空」。護身術のカリスマのような女性が、警戒していたにもかかわらず惨殺され犯人は、インターネット空間で異常な能力を示していたことがわかる。官憲は収監していたハッカー青年を呼び出して、捜査にあたらせるというのが発端になる。

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 特殊な状況に対応するため囚人や犯罪者を無理やりミッションに就ける話は、ディーヴァー自身も「獣たちの庭園」などで書いている。ハッカー青年はサイバー犯罪に詳しい警官や業界のコンサルタントに助けられながら、犯人の行動パターンや次の犯罪の予測などを行う。このあたり、基本線はリンカーン・ライムシリーズと大きな違いは見られない。意外な展開につぐ意外な展開で、スピード感を持たせるのはディーヴァーの独壇場である。
 
 しかし、気になる点もある。本書のかなりの部分は、インターネット/コンピュータの基本用語から、その上の犯罪についての解説に充てられている。これは読者にとって勉強になることでもあるし、この程度の基礎知識がないと以降の展開が理解できないかもしれないので必要な部分ではあった。
 
 しかし連続殺人のような重大事案を追いかけながら、かなりの分量解説を読まされるのは、読者として興味がそがれることもありうる。ディーヴァーという作者が勉強熱心なのは事実であるが、時折「こんなに勉強したよ」と語っているような気がする部分もある。
 
 もうひとつ問題だと思ったのは、作者のせいではないのだが、所詮2000年ころの知識に基づいて書かれていること。どうしてもうなずけない部分がいくつかあり、インターネット通の犯人すらもネットに「常時接続」していないことにも、現代の読者は違和感を持つかもしれない。何度か書いているように、ICT業界では5年でヒトケタ性能が上がる。本書の執筆時からは、ICTの性能は1,000倍になっているのだ。それでは、当時の常識で今も継続していることは多くない。
 
 科学捜査について昔から言われたことではあるが、時代が変わると事件解決の論理設定が替わってしまい、ミステリーの骨格部分が時代遅れになってしまうことがある。それがICTの世界になると、もっと早い変化によって名作が早々に陳腐になってしまいかねないのだ。
 
 僕の知る限りでは、ディーヴァーは本編の続編を書いていない。変化の激しい業界をバックにしてミステリーを書くというのは、左様に難しいことなのだろうと思う。