新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

セントメアリミード村の老嬢

 アガサ・クリスティーは、1920年「スタイルズ荘の怪事件」でデビューした。この時の探偵役はエルキュール・ポワロ。ベルギー警察のエリート捜査官で、諜報活動にも関与したことがある。第一次欧州大戦でベルギーは全土が戦火に覆われ、対岸のイギリスに避難してきているという設定だった。タマゴ型の頭、ハネ上がったヒゲ、小男で戯画化された風貌である。母国語はワロン語だろうか、時々フランス語風のあいまいな言葉を吐く。

 
 ポワロは、クリスティーにとって探偵役の習作のようなものだったろう。頭は切れるがイギリスの風習にうとく、思いがけない行動に出る。諜報にかかわっていたという経歴も、彼女がエスピオナージも書きたいと思っていたことの顕れで、初期にはいいレギュラー探偵だった。
 
 しかし彼女はポアロに満足できず、1930年「牧師館の殺人」で、第二のレギュラー探偵を登場させる。それが、セントメアリミード村に住む老嬢ジェーン・マープルである。ミス・マープルは、クリスティの遺作でもある「スリーピングマーダー」まで12の長編と20の短編に登場した。

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 本編がマープルものの5作目、1952年発表の「魔術の殺人」である。僕が最初にクリスティーの作品を読んだのが、これ。いつもの創元推理文庫ではなく、ハヤカワポケットミステリーだった。魔術というタイトルに惹かれて読み始めたのだが、なかなか難解。マープルの幼馴染でもある館の女主人は、3回結婚していて各々の夫の連れ子が何人もいるし養子にした子(イタリア系)の娘にその夫(アメリカ軍人)、現在の夫は慈善家で私設少年院のようなものを運営していて、敷地内には不良少年少女が大勢寄宿している。
 
 秘書や家政婦、出入りの医師なども含めて登場人物が多い。まだ高校生になったばかりの僕はカタカナ名前を覚えるだけで精一杯、ストーリーが頭に入ってこない。期待していた魔術も理解できないまま読み終えた記憶がある。
 
 そこで今回読み直してみたのだが、ストーリーも犯人もすっかり忘れていて初めて読んだような印象。ミス・マープルは可愛いおばあちゃんで編み物ばかりしているのだが、見るところは見ていて、殺人事件が起きる前も、起きてからも館の女主人の周りに出没する人物を透視し続けている。どんなところでも人間の行動様式に変わりはないとして、何人かの人物をセントメアリミード村の誰それに例えた警句を飛ばしている。これがこの老嬢の得意技であり、ミスディレクションなのだ。
 
 さて本格的に犯人探ししますかと読み進んだのだが、クリスティ女史に一杯食わされた。原題を"They do it with mirrors" といい、僕は"Mirror" に注目したので間違えました。正解は”They" です。