新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

ミステリーの長さ

 ミステリーの創始者と言われるエドガー・A・ポーが著わしたのは、短編小説だけだった。(翻訳の文庫本で:以下同じ基準)20~40ページくらい。中学生なら興味を切らさず、読み終えることができる長さである。その後ウィルキー・コリンズが500ページ級の「月長石」を発表しているが、このころはタイプライターも普及しておらず、手書きでよく書けたものだと思う。

 
 ミステリーを一躍有名にしたコナン・ドイルシャーロック・ホームズものも、短編が中心だった。ホームズものには4つの長編があるが、実際は中編程度の長さ(150~200ページ)だった。シャーロック・ホームズ博物館にはタイプライターが飾られているから、ドイルはこれを使っていたのだろう。
 
 ヴァン・ダインエラリー・クイーンの長編は400ページ級で、徐々に長くなってきたのがわかる。タイプライターの効果もあろう。多作家で知られるE・S・ガードナー(ペリー・メイスンシリーズの著者)は、口述録音機を使っていたらしい。

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 その後電動式タイプライターが登場しやがてワードプロセッサーになる。小説はどんどん長くなっていった。エド・マクベイン87分署シリーズ第一作「警官嫌い」は250ページ余りだが、40作ほどを経て「凍った街」では500ページにも伸びている。
 
 ミステリーが長くなる傾向はこの後も変わらず、近年の小説「ピルグリム」などは1,300ページを越える大長編である。読む側からはいろいろな反応がある。ディクスン・カーは短編に優れたものもあり、長編も比較的短い(350ページくらい)のだが「アラビアンナイトの殺人」は500ページを越えている。
 
 スコットランドイングランドアイルランドの出身者3名が語る事件の詳細は、個々のお国柄や立場によって微妙な差異を見せ面白い趣向だと思う。しかし、ある書評は「ただ長いだけだ」と批判している。
 
 逆にレイモンド・チャンドラーフィリップ・マーロウものでどれが好きかと聞かれた人が「長いお別れ」を挙げ、理由は「一番長くマーロウの世界にひたれるから」という。確かにマーロウものは多くが350ページほどだが「長いお別れ」だけは500ページ級だ。
 
 87分署ものでもマーロウものでもその世界が顕著にあるシリーズなどでは、こういうこともあるのだろう。一方本格パズルミステリーの場合は、ひとつの謎で引っ張れるページ数には上限がある。これは書くための道具が発達したこととは無関係である。今後口述したものがすぐに校正されてWebに上がるような「人工知能」が導入されても、読む側のニーズは変わってないのだから。