新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

名探偵らしい名探偵

 今まであまり日本の作家を取り上げてこなかったのだが、久し振りに「神津恭介」の名前を見つけて本書を買ってきた。高木彬光の代表的な名探偵だが、高校生時代にずいぶん読んだのだがそれ以降ご無沙汰してしまっていた。今回40年ぶりの再会である。

 
 日本の本格ミステリーのレギュラー探偵は、警官が多い。十津川警部(西村京太郎)、鬼貫警部(鮎川哲也)、吉敷警部(島田荘司)といった具合。浅見光彦内田康夫)はルポライターだが、警察庁高官の兄がいる。そんな中、東大医学部教授で天才法医学者である神津恭介は、検視官の役割をすることはあるとしても「素人探偵」である。

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 神津恭介は、高木彬光のデビュー作「刺青殺人事件」(1948年)で初登場する。戦後間もないころで、横溝正史金田一耕助と期を同じくしている。この二人、事件を解決することにおいてはいずれ劣らぬ名探偵なのだが、人となりについては対照的だ。
 
 金田一耕助がやぼったくヨレヨレの袴で現れ、髪をかきむしってフケをまき散らすのに対し、神津恭介は眉目秀麗、洗練された身なりで6ヵ国語を操るエリートである。明智小五郎江戸川乱歩)も、登場する作品ではやぼったい書生である。スマートな名探偵という印象は、後年のTVドラマなどで描かれたことから来るのだろう。
 
 そんなわけで、日本のいかにも名探偵らしい名探偵は神津恭介にとどめをさすといっても過言ではあるまい。欠点らしいのはお酒が弱いことと、女性への関心が薄いことくらいだ。名探偵についてある批評家の言葉を覚えているが「名探偵は神でないと務まらない。しかし神格をはく奪すべく作者はその欠点を誇張して書く」というものだった。確かに本家である英米の名探偵も、世間的には「困ったちゃん」である場合が多い。
 
  ドラッグはやり放題、真夜中にバイオリンを鳴らす迷惑な下宿人。
 エルキュール・ポワロ(アガサ・クリスティ
  ベルギー人ゆえイギリス社会にはうとく、英語を時々間違える。
 ギデオン・フェル博士(ディクスン・カー
  傍若無人な態度を崩さないおデブさん。尻もちばかりついている。
 ファイロ・ヴァンス(ヴァン・ダイン
  「平民並みに早起きすると疲れる」とのたまう、ペダンティックな嫌味男。
  助手のアーチーがいないと何もできない。吝嗇で大酒のみ。
 
 本当に立派な紳士で名探偵なのはピーター・ウィムジー卿(ドロシー・L・セイヤーズ)くらいだが、上記のような「アク」がないと印象が薄いのも確かである。今回高木彬光得意の密室もの中短編6作を読んでとても面白かったが、貴公子である神津恭介の印象はやはり薄かった。大学生になってこのシリーズを読まなくなった理由は、何となくわかるような気がする。
 
 神津恭介は名探偵すぎるくらいの名探偵、個別の名前ではなく一般名詞の「名探偵」だったのではないだろうか。もちろん、高木彬光の著作は素晴らしい。しかし欧米のミステリーの集約や紹介になっていたのではないかと思う。