およそ50年前の香港。イギリスの施政権下にあり返還の期限までまだ30年近くあるのだが、1万人あまりのイギリス人に対し100倍以上の中国人が生活していて「毛沢東の影」が色濃く指している。おなじみのCIAエージェント、プリンス・マルコ・リンゲ大公殿下は米国第七艦隊への破壊工作情報を確認する使命を帯びて、この雑踏の街にやってくる。
中国本土は「文化大革命」の真最中、少年少女も含めて革命に熱狂し毛沢東への忠誠心を顕わしてる。イギリス施政下の香港にもその波はやってくるし、何者の仕業かもわからないが爆弾騒ぎも頻発する。実際の爆弾もあるのだが、多くは「紙爆弾」(Fake Bomb)で当局を振り回す。マルコを訪ねてくる中国人の無垢な少女も、紙爆弾を持って登場するくらいだ。
第七艦隊への破壊工作があると通報してきた中国人実業家を香港で待っていたマルコだったが、その通報者が乗った台北発香港行きの飛行機が着陸直前に爆破されるという事件が起きる。当時の香港国際空港は、九龍半島の南にあった啓徳空港だったと本書にある。飛行機は香港島と九龍半島の間の水道に落ち、何人かの生存者も見つかった。
通報者は当初死亡したと見られて、未亡人が3人も名乗り出てくる。少なくともうち2人はニセモノなのだが、マルコは彼女たちを探るうち、通報者が生きているのではとの疑惑を抱く。
マルコの捜査は、割といつでもそうなのだが、第七艦隊が香港に入港しても手掛かりをつかめず、残り30ページになったころには絶望感が漂う。そこで伝家(殿下?)の宝刀である記憶力でヒントをつかみ、空母コーラルシーを救えるかどうかのきわどい勝負になる。100年の歴史をもつ、ビクトリアピークのケーブルカーやスターフェリーも登場して、活劇の舞台になるのが楽しい。
マカオまで含めて、マルコが香港中を駆け巡るので面白いことがいろいろわかる。
・ネイザンロードの西にあり夜市で有名なるテンプルストリートは、
当時は赤線地帯だった。
・アバデーンの水上レストランは今でも有名だが、水上生活者が
多かったせいで付近の海は不潔だった。
・今は人口密集地になった新界は、当時はほぼ無人地帯だった。
新界の北は中国の深圳だが、当時は小さな漁村にすぎなかった。
50年で変わったもの、変わらなかったもの、それを確認するにはマルコ・シリーズは面白い読み物ですね。