新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

雪に閉じ込められた列車で

 ミステリーの女王アガサ・クリスティは、初期のころは特に「意外な犯人」を追及した。古典的なミステリーファンに聞くと、彼女のベスト3は、「そして誰もいなくなった」「アクロイド殺害事件」と、本作「オリエント急行の殺人」との声が多い。いずれの作品も、いろいろな意味で意外な犯人は読者を驚かせるだろう。
 
 密室の魔術師ジョン・ディクスン・カーは、「三つの棺」で有名な「密室講義」の章を設けている。これは、密室に犯人がどうやって出入りしたのかという謎の分析である。実は、これとは違う密室がもうひとつある。それは犯行が閉じられた空間で行われて、犯人はその空間にいた誰かに限られるという密室である。

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 クリスティは、この種の密室をよく使った。「雲をつかむ死」では飛行機、「そして誰もいなくなった」では孤島、本作では雪で立ち往生したオリエント急行である。意外な犯人"Who done it?" をテーマにすると、容疑者を絞っておいた方が話を進めやすい。容疑者はこの中の誰かだと読者が考えて、その中で自分が疑わなかった犯人が示されると驚くわけだ。しかし、容疑者が「通り魔」みたいなものだと、読者の興味は、"Why done it?" や"How done it?" に移ってしまう。これでは、意外な犯人を示しても読者側の反応が鈍くなる。
 
 さて本編だが、雪で閉じ込められているので外部から犯人が来たり逃げたりはできない。雪に足跡が残ってしまうからだ。容疑者は1等寝台の乗客に限られ、たまたま1等寝台の客だった名探偵エルキュール・ポアロ氏が捜査に乗り出すという次第。この探偵は、よく殺人の現場に居合わせる。一度などは担当警察官に「犯人であることほぼ確実、心理的瞬間を作ることができた、唯一の人物」とまで言われてしまう。(雲をつかむ死)
 
 ポアロ探偵は、中東での仕事の帰路に本件に遭遇する。旅先ゆえ、いつものワトソン役ヘイスティングス大尉の協力は得られず、少し勝手が違うようだ。それでも、バラバラの国籍・性別・年齢・職業・・・の乗客たちを次々に尋問して真相に迫る。1934年発表の本作は、1932年のリンドバーグ愛児誘拐事件を下敷きに、クリスティ女史得意の大技が決まる代表作である。