新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

黄金の20年代の始まり

 エドガー・アラン・ポーの創始になるミステリーというもののうち、本格探偵小説という分野が黄金時代を迎えたのは1920年代からだろう。アガサ・クリスティのデビューも今回紹介するフリーマン・ウィルズ・クロフツのデビューも1920年である。

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 1926年には、S・S・ヴァン・ダインの「ベンスン殺人事件」が出版され、1929年にはエラリー・クイーンが登場する。1年遅くなるが1930年には、ジョン・ディクスン・カーが「夜歩く」を発表している。あくまで「本格探偵小説」での話だが、大物作家はこの時点で出そろったと思われる。
 
 クロフツは鉄道技師だったが、ヴァン・ダイン同様体調を崩して長期の療養を余儀なくされ、ミステリー作家に転じた。そのデビュー作が「樽」。今でもベスト10に数えられる名作である。
 
 クリスティとは違い、クロフツは「意外な犯人」ではなく「いかに犯行は成されたか」を緻密な捜査で追及することに力点を置いた。この長編にしても容疑者は2人しかおらず、巻の半ばを過ぎれば読者は犯人の見当がつくだろう。
 
 事件は英仏海峡をわたって展開する。フランスの実業家夫人の遺体が発見されるのはロンドンでだが、死体を詰めていた樽と類似の樽が英仏海峡を1往復半していることがわかる。果たして1つの樽がパリ⇒ロンドン⇒パリ⇒ロンドンと渡ったのか、他の樽が加わっていたのか、英仏両国の警察は足で事件を解明しようとする。2人の容疑者のうち1人のアリバイが確認され、もうひとりの自宅から決定的な証拠が見つかる。しかし逮捕された男の友人はそれを信じず、弁護士や探偵を雇って彼の無実を晴らそうとする。それはつまり、もう一人の容疑者のアリバイを崩すことを意味していた。
 
 およそ100年前に書かれたものだが、特にパリの地下鉄や周辺鉄道の充実ぶりには驚かされる。ロンドン警視庁のバーンリー警部が「シャトレから地下鉄でバスティーユのホテルに帰る」ところなど、僕自身が旅行で経験したルートなので懐かしさを覚えた。
 
 電話や鉄道、手荷物預かり、フェリー、馬車を駆使したアリバイ作りは緻密なもので、それを崩すのもまた緻密な捜査が必要だった。それにしてもフェリーや鉄道で送られた樽が"Last 1 mile" は馬車で運ばざるを得ず、馬丁の証言からアリバイが崩れるというのは1920年という時代なのだろうと思う。