新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

陪審員たちの闘い

ミステリーのひとつのジャンルに「法廷もの」がある。有名なのはE・S・ガードナーの「ペリー・メイスンシリーズ」だが、これはハイライトを法廷に持って行った普通のミステリーと言えなくもない。法廷もののマニアの中では「最初から最後まで法廷だけを描写した小説」を真の法廷ものという人もいる。

 
 日本でも高木彬光「破戒裁判」や大岡昇平「事件」など、いくつかの作品があるが海外も含めてそれほど多くはない。今回たまたま表紙の「槌」の絵に惹かれて買ってみたのだが、なかなかの力作である。

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 舞台は1980年ころのニューヨーク。ヨタ者の黒人に娘を強姦・殺害された父親が、犯人を射殺し自首した事件である。強姦・殺人犯は直ちに警察によって身柄を確保され、物的証拠も十分、自白もあるのだが、身柄確保の手続きミスや法律の抜け穴によって無罪放免されてしまう。裁判すら開かれず、聴聞によって自白を含む証拠物件は全て判事によって否定されてしまったのである。
 
 絶望した被害者の母親は1年後に亡くなり、残った父親は復讐の意思を固めて拳銃を買い、機会をとらえてこの男を射殺する。交通違反すらしたことのない善良な市民である父親は、もはや裁判で不条理を訴えることしか考えていない。心神耗弱や情状酌量、司法取引など法廷戦術の一切を拒否してしまうので、公選弁護人が決まらない。
 
 出番が回ってきたのは、有能な弁護士だった亡き叔父の想いでを引きずっている少壮弁護士ベン・ゴードン。彼は勝ち目にない法廷闘争を、恋人アーリーンに叱咤されながら、元同僚である検事レスターとくりひろげることになる。
 
 被告人・判事・弁護人は白人、被害者・検察官は黒人、陪審員(12人+予備2人)はおおむね半々という構成で裁判が始まり、最初は人種問題が争点かと思わせる。確かに陪審員を検察側・弁護側が選ぶにあたり、人種構成は重視される。ニューヨーク市民の人種構成から見て半々なら仕方ないというゴードンの独白もある。
 
 しかし裁判が始まると、ゴードンの陪審員の感情に訴えかける戦術は、判事・検察官によってことごとく封じられてしまう。人種問題を持ち出してみるも、効果がない。いかに悪い奴であってもこの男を被告人が殺意を持って殺したことは明らかなのだから。追いつめられたゴードンはついに最後の賭けに出て、最初の事件でヨタ者を聴聞し無罪放免した判事を証人として呼び出す。
 
 本編の主人公はゴードンのように見えて、実は12人の陪審員たちである。伏線的に裁判の前から陪審員の日常や考えが述べられているが、これが最後の50ページに生きてくる。誰にも邪魔されない閉じた空間で、犯行は明確だとする有罪派と、明確な犯人が放免されたことが原因だという無罪派が激突する。日本の裁判員制度と違い、陪審員は量刑を左右できない。ただ、"Guilty or not guilty" を問われ、答えるだけだ。しかも12人一致の結論でなくてはならない。陪審員たちの出した結論は・・・。
 
 名前を聞いたことのない作者であるが、骨太の法廷ミステリーでした。でもこういうのは、ペリー・メイスンみたいなシリーズ化は難しいだろうね。