新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

スペンサーを継ぐもの

 レンジャー隊員を主人公にしたアクション・犯罪小説は多い。本書も保安官をしていた伯父の葬儀に参列するため、アフガニスタンから10年ぶりに故郷に帰る一等軍曹クウィン・コルソンが地元にはびこる悪人と戦う物語だ。ありふれた設定だが、特に手に取った理由は二つある。

 
 一つには、トランプ大統領を生んだ「僕らの知らないアメリカ」である南部ミシシッピ州が舞台であること。僕がアメリカで東西の海岸から離れて一番内陸に入ったのは、30年ほど前に展示会に行ったラスベガスだった。これとて、大して奥地ではない。ディープサウスなどと言うところは、目にしたことがないのだ。
 
 二つ目は、冒頭に「ロバート・B・パーカーを偲んで」という献辞があったこと。軽妙だが矜持のしっかりした私立探偵スペンサーを主人公に多くの著作を持つパーカーも、2010年に77歳で死去している。作者のエース・アトキンスはパーカーに特別の思い入れがあったようで、スペンサーシリーズを書き継いですらいる。

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 21世紀になって10年あまりたつというのに、本書にはスマートフォンもインターネットも登場しない。.44口径のマグナム拳銃やM40スナイパーライフルが「新兵器」である。第二次世界大戦中のM1ガーランド小銃が、老兵と共に現れたりする。白人至上主義者のイレズミをしたスキンヘッドのティーンエージャーが、徒党を組んで悪さをする。彼らもドラッグでラリっていて、トレーラーなどでただれた集団生活を送っている。
 
 ひどい差別ののこる黒人は、スラムのようなところでその日暮らしをしている。一方むさ苦しい白人(White Trashというらしい)も大勢出てきて、地域全体が貧しく閉塞感に打ちひしがれているのがよくわかる。主人公クウィンの両親はじめ、登場人物の多くが離婚していたり子供と離れて暮らしている。見かけだけ良くて実は冷酷な少年の子を身ごもり、無法者のねぐらで出産を余儀なくされる少女リーナは、ディープサウスのティーンエージャーの悲しみを体現しているようだ。
 
 プリンス・マルコシリーズに出てくる発展途上国の悲惨さや無慈悲さに近いものが、世界一の大国・先進国アメリカにもあるようだ。これは確かに「僕の知らないアメリカ」である。
 
 西部開拓時代のように無法者がはびこり巨悪の影がちらつく故郷で、戦闘のプロであるクウィンは戦友ブーンの助けを借りて伯父の死の真相を探り、伯父の土地を狙う者たちに対抗する。ジェフリー・ディーヴァーのような派手なプロットも、マーク・グリーニーのようなリアルで精緻な戦闘シーンもないが、クウィンの独白やセリフを通じた心理描写は面白い。このあたり、パーカーの作風に通じるものがある。アトキンスの手になるスペンサーも、読んでみたいですね。