新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

神戸、香港、そして神戸

 神戸生まれの中国人作家陳舜臣は「枯草の根」(1961年)で江戸川乱歩賞をとり、以降ミステリーに歴史ものを交えながら、レベルの高い作品群を残した。僕は「小説十八史略」や「中国の歴史」を愛読していて、大変勉強させてもらったとの思いがある。本書は神戸の在日中国人たちを中心に据え、戦前・戦中・戦後の彼らの生活を描いたものである。作者自身、本書の設定と同じように1924年に神戸で生まれている。

 

 このところ日本でも水害が多いが、20世紀の神戸も再三水害に悩まされている。山と海が近い神戸の宿命なのかもしれない。山津波が起きるとき山の中腹などから水柱が立つことがある。作者の幼馴染である張が、1938年の水害時に吹き上がる水柱を見たというのが、題名のゆえんである。

 

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 1938年7月の神戸水害が多くの犠牲者を出したが、その中に殴り殺されたと思しき青年の遺体がひとつあった。その身元は、神戸に滞在していた美術鑑定をする黄という中国人だとわかる。知り合いによると鑑定能力は高いが、謎の多い男だという。すでに日中戦争のさなかであり、特高警察の沢田刑事は黄が下宿していた屋敷のオーナー陸など中国人街を嗅ぎまわるのだが、事件は迷宮入りしてしまう。

 

 1943年太平洋戦争が日本に不利になりかけていたころ、陸たちは日本軍占領下の香港に移っていたのだが、そこに沢田が軍属として赴任してくる。そこで何かがあり、同年7月に今度は沢田が殺され、これも迷宮入りしてしまう。

 

 最初の神戸の事件の時は、作者(私)はまだ14歳。事件のこともほとんど覚えていないし、香港の事件のことも全く知らない。しかし1967年、神戸で作家活動をしていた私の前に、陸の不審死という事件が突き付けられる。これも7月の豪雨の夜のことだった。陸の長男の嫁昭媛とその妹芙容は、幼馴染の私に事件の真相を調べるよう依頼してくる。新聞記者の青年の力を借りて事件を調べ始めた私の前に現れた、足掛け30年間にわたる中国人街の秘密とは・・・。

 

 ミステリーとして読めばさほど意外性のある作品ではないのだが、日中戦争の時の在日中国人の考えや葛藤、日本軍占領下の中国の様子、戦後の中国人街のありようなどその中にいた人にしかわからないものを本書は教えてくれる。これは私小説の形をとった歴史書ですね。