新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

ヒトラーの敵「黒いオーケストラ」

 トランプ大統領は、就任前から中央情報局(CIA)を非難してきた。例えば、彼がロシアに弱みを握られているとの情報を流したのはCIAだというのである。便益よりもリスクが大きい組織だという認識から、CIAを縮小するとも言ってきた。メディアは、大統領と情報機関の確執に対して、当然ながら悲観的な見方をした。その後もフリン大統領補佐官がロシアとの関係で辞任を余儀なくされると、大統領は「情報機関がメディアに違法に情報を流したからだ」と非難を続けている。


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 情報機関が仕えるのはその国のTOPであるべきだが、TOPと情報機関(もしくはその長)との間に信頼関係が無ければ、その政権は危ういと言わなくてはなるまい。ましてやそれが、大きな戦争を戦っている時であれば。
 
 1935年から1944年まで、ドイツ国防軍情報部の長官であったカナリス大佐(のち少将)は、実はナチス党が国内でもっとも警戒する反ナチス組織「黒いオーケストラ」の一員だった。カナリス長官の父方はイタリア人、母方はオーストリア人で、ドイツ人にしては小柄(身長164cm)な海軍士官だった。第一次大尉戦では巡洋艦ドレスデンに乗っていてフォークランド沖海戦で敗れ、チリに抑留されたが、単身脱出に成功する。その後スペインで情報活動にあたり、この地に人脈を築いた。
 
 40歳代後半になって海軍を引退するまぎわに就いたのが国防軍情報部の長官職だった。情報活動を理解いしている人材が少なかった第三帝国では、カナリス大佐は貴重な人材だった。本書の冒頭にドイツ国防軍情報部の全組織が表形式で書かれているが、非常に大きな組織でこの時期ではアメリカのOSSやイギリスのMI5/6に比しても決して遜色はない。のちにムッソリーニ救出やバルジの闘いで後方かく乱をしたブランデンブルク部隊まで、傘下に収めている。
 
 当初はヒトラーの信任が厚かったカナリス長官が、なぜ反ナチス組織「黒いオーケストラ」に関わっていったかというと、情報のプロとしてドイツが戦争に勝つ見込みがないと分かっていたかららしい。彼はポーランド侵攻に反対し、フランス侵攻では情報操作までしてこれを阻止しようとした。フランスを占領しても「防衛ラインが広がるだけで、占領地の治安維持にも兵力が要る。ドイツにはそのような戦力はない」との判断だった。
 
  友人の多いスペインに対しては、ヒトラーフランコ総統に参戦を求めていることについて、「ドイツはいずれ敗れる、スペインは中立を守るべきだ」と説いている。情報機関の長としてのこの動きには、賛否両論があろう。しかし彼はヒトラーの次のドイツを考えていたのだろうし、そのためにできる限りの事をしたのだと思う。彼は「次のドイツ」を見ることなく、終戦直前に処刑された。その矜持は、学ぶべきものだろう。