新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

探偵小説への愛と渇望

 金田一耕助のデビュー作が、本書に収められている「本陣殺人事件」である。設定は第二次世界大戦前であるが、発表されたのは1946年(4月から12月まで「宝石」誌上に連載)。かつてはその町の「本陣」だったという旧家で、新婚の長男夫妻が日本刀で斬殺されしかも現場が密室だったという謎が、読者に付きつけられる。

 

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 本陣への道を聞いたという不気味な三本指の男、死んだ猫を愛でる精神(発達?)障害の娘、ミステリーマニアの放蕩息子など、怪しげな人物が登場してディクスン・カーばりの怪奇な雰囲気がただよう。未明の犯行時刻に流れた琴をかき鳴らしたり、琴糸を弾くような音。離れ家の周りに足跡もつけず、雨戸を内側から閉めたまま犯人はどうやって逃げたのか?1920年ころから英米で隆盛となった「探偵小説」への深い愛を、本書には感じる。
 
 敵性国家である英米の、しかも探偵小説などという軟弱なもの、世間を惑わすものはしばらく「ご禁制品」だった。そんな中で多くのマニアは、エラリー・クイーンの新作がどうだとか、ディクスン・カーが「密室講義」を含む作品を書いたとか、アガサ・クリスティーに新しい探偵役は・・・等々流れてくるウワサに渇望していたのだろう。
 
 横溝正史の本書は、戦後になってぽつりぽつり入ってきた英米の探偵小説への「渇き」が凝縮されたものと言える。わずか200ページほどの中に、探偵小説のトリック分類やミニ「密室講義」もあって、金田一耕助が本陣家の探偵小説のコレクションの前で感動して立ちすくむシーンが印象的だ。
 
 横溝正史以降、高木彬光鮎川哲也など、ミステリーの新しい旗手たちがやってくるのだが、彼らを突き動かしたものは、しばらく前には触れることができなかった本格探偵小説への愛と渇望だったと思う。ある意味、マニアにとっては幸せな時代だったのかもしれません。