新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

マンハッタンに棲む龍

 マンハッタンの中心部から車で20分程度、島の北部にかつてインディアン保護区だったところに熱帯魚の養殖で財をなした富豪の屋敷がある。屋敷では怠惰なパーティが開かれ、いわくありげな人物が集まっている。夜も更けて小川の流れをせきとめたプールで泳ごうという話になり、当家の令嬢と婚約している青年が飛び込み台からプールに飛び込んだまま行方不明になるという事件が起きる。

 
 パーティの出席者のひとりがなぜか殺人課に通報し、ヒース部長刑事が現地に急行する。死体も何もないのだが現場のただならぬ雰囲気を感じたヒースは、マーカム地方検事とその友人ファイロ・ヴァンスを連れ出すことにした。ただの事故か失踪と思われる事件なのに真夏の真夜中に引っ張り出されたマーカム検事は不満顔だが、ヴァンスは普通とは違う意欲を見せて、事件に介入する。

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 夜ではあるがプールの周りには大勢の人がいて、明るく照らされているところもある。明かりの届かないところは絶壁か湿地になっていて、ここを通った形跡はない。しかし翌朝プールを干してみても、死体はなかった。いわばプールという密室からの脱出劇である。
 
 そしてプールの底には、波型で3本爪の足跡がいくつかあった。屋敷の主人の老母が、プールには龍が棲んでいて龍がこの青年をつかんで飛び立ったという。龍は自らの家の守り神であり、孫娘と婚約したこの青年は家に災いをもたらすと考えた龍が殺したのだとの主張。
 
 いまでいう認知症を患っている老母の話をマーカム検事らは取り合わないが、ヴァンスはこの地域にあるインディアンの龍伝説に興味を持つ。やがて彼は老母の「龍が死体を隠した」という言葉をヒントに、青年の死体を発見する。
 
 この地域は氷河が削った跡や、甌穴がある複雑な地形で、インディアンの遺跡や古い要塞もある。広い屋内にはも古い納骨堂や車庫もあり、冒頭に掲げられたポンチ絵的な地図が、謎解きをする読者にとっては刺激的である。
 
 ヴァンス探偵はペダンティックが過ぎ、それが鼻につくという人も多い。本書でも、10ページにわたる「世界中の龍伝説」の講義があり、中国・日本はもちろんアルメニアのものさえ紹介されている。面白かったのは「5本爪の龍は温和だが、3本爪のは凶悪だ」というコメント。一般に中国の龍は5本爪、沖縄の龍は4本爪、日本の龍は3本爪である。
 
 本書の発表は1933年、驚いたのは警察が現場写真を撮っていないこと。上記のプール底の足跡も刑事がスケッチして「良くかけている」と褒められている。ヴァン・ダインは「ひとりの作家に6を超えるミステリーの想があるとは思えない」として、6作で絶筆すると言っていた。しかし7作目の本書も、なかなか面白い力作である。しかし100年前とはいえ、マンハッタン島に上記の地図のようなところがあったのだろうか?