新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

クロフツのレギュラー探偵

 けれん味たっぷりの名探偵ではなく、地道な捜査をする普通人探偵を主人公に「樽」でデビューした鉄道技師F・W・クロフツも、やがてレギュラー探偵を持つようになった。それがこの人、フレンチ警部である。原題も「Inspector French & The Starvel Tragedy」となっているから、まさにフレンチ警部の物語だ。

 荒野(ムーア)の広がる田舎町、スターヴェル荘の主人は陰湿な守銭奴で唯一の肉親である姪にも冷たくあたる。しかし彼も病を得て、今は(これも狡猾そうな)召使夫婦の世話を受けている。姪が高校を卒業し寄宿舎から帰って2年、彼女が初めて宿泊を伴う旅行にでている間に館は焼け落ち、主人も召使夫婦も黒こげ死体になってしまった。


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 主人は金庫に20ポンド紙幣を溜め込む性癖があったが、火事で全ての紙幣は灰になり財産としてはわずかな金貨が残っただけである。ところがやり手の銀行支配人は届けた20ポンド紙幣の番号を控えていたことから、火事は事故ではなく強盗殺人事件の疑いが出てくる。灰になったはずの番号の紙幣が、再び銀行に戻ってきたのだ。そこで、スコットランドヤードフレンチ警部が田舎町に派遣されてくる。

 シチュエーションとしては「警察小説」なのだが、後年の87分署シリーズのように刑事集団ではなくあくまでフレンチ警部とその他の警官の区分がある。現地の巡査部長や郡警察長(少佐の肩書きがある)もロンドンの首席警部も、フレンチ警部の協力者ではあるが「相棒」とは呼べない。
 
 フレンチ警部は、保険調査員だと身分を偽ったり、針金で合鍵を作って家宅侵入までやってのける。それも全て単独捜査なのだ。変装したり神出鬼没だったりするのは、シャーロック・ホームズやアルセーヌ・ルパンらの得意とするところで、フレンチ警部は彼らと本当の警官との中間的な存在に見える。それでも金庫(あとで耐火金庫だったことがわかる)の灰を仔細に調べたフレンチ警部は、灰が新聞紙であることを突き止める。(うーん、科学捜査かな?)

 それでも彼が普通の警官っぽいと思えることもある。読者には全然推理を明らかにせず最後に「犯人はお前だ、最初から分かっていた」などと見栄をきったりはしないし、首席警部は引退時だしこの事件で手柄を立てれば昇進できるかもなどとほくそ笑んでいたりする。
 
 登場人物は少なく、犯人を「当てる」のであればそのHIT率は高くなるかもしれない。ただ作者の意図は、意外な犯人を暴くではなくフレンチ警部の捜査プロセスを追うことにあるのかもしれない。本書は初期の名作とも評されているが、今回初めて読んでそれなりに面白く読めました。クイーンやクリスティと違い、こういう隠れた作品が出てくるのはありがたいですね。