新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

ワールドトレードセンター、1988

 一昨年グラウンド・ゼロに初めて行ってみて思ったことは、マンハッタン島の南部のこのあたりは世界一といってもいいマネーゲームの街だということ。たまたま会議の場所がアレクサンダー・ハミルトン(金融)博物館だったこともあるが、ウォール・ストリートが目の前でブロードウェイにほど近いこのエリアの空気がそれを感じさせた。


 9・11テロの舞台となったワールド・トレード・センターには、多くの金融機関が入っていた。米国の金融機関のバリエーションは多い。デリバティブやサブ・プライムなどの複雑な商品を扱い、想像を超える利益率を上げたと思えば、あっという間に消えたりする。
 
 そのような金融の栄華の時代を代表するこの建物を、武装勢力が占拠し大金を得ようとするテロ計画を描いたのが本書である。実際、本書発表の5年後イスラム・テロ集団が地下駐車場で強力な爆弾を爆発させている。
 
 さらにその8年後、旅客機が突っ込むという前例のないテロで2棟とも崩壊したのは周知の通りである。本書はそのような事態を予測したストーリーを、精密にリアリティを持って描いている。作者のゲイル・リバースはニュージーランド生まれの軍人。イギリスの特殊部隊SASにも所属し、本書を書いたころは傭兵商売の一環として対テロ業務をしていた。

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 本書の主人公ティム・ベルは、SASの大尉。戦闘能力はピカイチだが、貴族出身を優遇するイギリス軍の体質にも飽きていたし、仲間を拷問したIRAテロリストを射殺したことでSASを追われる。
 
 彼はアメリカに渡り、ユダヤ嫌いの大富豪や右翼団体の指導者を利用して、ワールド・トレード・センターで行われるパーティをハイジャックするテロを企画する。原題の「Killing House」というのは戦闘訓練をする建物のことを言うのだが、ワールド・トレード・センターがそれになってしまうのだ。
 
 ベルがマンハッタンを下見したり、爆破の専門家や逃走の協力者を得てゆくプロセスが面白い。また右翼の親分(ドク・ホリディという名前!)から借りた40名のならず者を、12名の精鋭分隊に鍛え・絞り込むやり方がリアルだ。
 
 ターゲットはワールド・トレード・センターで年次総会を開いているユダヤ人の名士たち。ベルとその仲間たちは、パーティ会場やその付近に潜み、突入と同時にエレベーターや非常階段の爆弾・地雷を起動させる。ニューヨーク市警の爆発物処理班はクレイモア地雷やブービートラップでミンチにされてしまう。
 
 正義の味方か悪役かは別にして、元特殊部隊員を主人公にした戦闘物語としては、J・C・ポロックに次ぎ、アンディ・マクナブやクリス・ライアンの先輩格にあたる。以前一度読んでいるはずだが、J・C・ポロックらほどのインパクトを感じなかったのか、内容に全く記憶がない。今読み返してみると、J・C・ポロックらの諸作に決して劣らない迫力ある作品である。
 
 ただ、日本語の題目はいただけない。主人公のテロリスト、ティム・ベルは名誉ではなくカネのために戦ったのだから。また表紙のランボーもどきの戦士もイメージが違う。ベルとその仲間が使ったのはAR-15ではなくウジー短機関銃で、もっとスマートな姿だったはずなのに。