新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

大公殿下自身の事件

 神聖ローマ帝国大公であり、リーツェン城の城主であるマルコ・リンゲ殿下は、城の修復・増築・庭園拡大などに多額の費用を必要としている。CIAの仕事を10万ドル単位で引き受けて、何度も命の危険を冒しながらようやく城が棲めるようになってきた。婚約者で、マルコのもうひとつの金食い虫であるアレクサンドラもご機嫌のようだ。

 
 ベトナムでのミッション(サイゴンサンライズ作戦)で少し多めの報酬を得て、余裕のできたマルコは城でのんびりしていた。このところ、カリブ海やインド洋、インドシナ半島、中東、アフリカ中部と都市名を聞いただけで汗の吹き出しそうなところで命を張ってきたのだが、オーストリアハンガリーの国境にあるリーツェンの城は現在零下10度を下回る冬を迎えている。

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 いつものミッションでは、「金髪の男」とか「アメリカの手先」とか呼ばれているマルコだが、ここではれっきとした大公殿下である。しかし、そんな平和な時をぶち壊す事件が持ち上がった。
 
 ソ連KGBの大立者であるボリス・オコロフ大佐が西側への亡命を申し立て、手引きをした武器商人アドラー伯爵夫人とともにウィーンに逃げてきたのだ。彼女は伯爵夫人と称しているが、バリ島のミッション(バリ島の狂気)ではマルコと命のやり取りをしたほどの女で、大佐をどの情報機関に売る(!)かの入札会をもちかける。
 
 その入札会場に選ばれたのがリーツェン城で、マルコは否応なく事件に巻き込まれる。デビュー作の「イスタンブール潜水艦消失」で、マルコと知り合ったトルコ人の殺し屋エリコ・クリサンテムはリーツェン城の執事となっている。彼は今でも戦闘能力の高いマルコの部下である。
 
 いつものボディーガード、ミルトン・ブラベックとクリス・ジョーンズも「空母戦闘群の1/4ほどの火力」をもってリーツェン城の警護にやってくる。そんな中、緊迫した舞踏会が始まり、凶悪な登場人物がマルコを取り巻いて動き始める。
 
 本書を地元フランスのメディアが、ヴィリエの指折りの傑作と評したようだが、異論はない。いつもアレクサンドラとリーツェン城のことは想いながら、未開の国でヤクザな諜報員活動を強いられるマルコだが、大公殿下としての矜持をたもったまま自らの事件として、敵と対決する。
 
 実はオコロフ大佐の亡命は偽装で、目的は西側のある人物を誘拐することにあった。その脱出行に、こともあろうにアレクサンドラが巻き込まれ人質として連れ去られてしまう。怒ったマルコは、CIAが止めるのも聞かずクリサンテムとアドラー伯爵夫人を伴ってルーマニアに逃げたオコロフ大佐を追う。これはマルコ自身の事件になったわけだ。
 
 リーツェンの城がウィーンから数十キロのところにあり、マルコがホテルザッハーに呼び出されたり、リンク(旧市街の外周道路)を運転する姿が微笑ましい。未開の国で戸惑う彼でなく、地元で事件に巻き込まれてもっと戸惑うのがかわいそうでもあり、本来の姿なのかと感心もしてしまう。
 
 リーツェンの城の修復にもっとお金はかかるのでしょうが、オーストリアでくつろぐマルコ殿下は可愛いですね。