新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

ドイツ作家の描く太平洋戦争

 作者のハンス=オットー・マイスナーは、ドイツ第三帝国の外交官。第二次欧州大戦が始まる1939年まで、東京で勤務した経験がある。帰国後は、対ソ連の東部戦線で機甲部隊の中尉として戦っている。そんな人が、独ソ戦を書くならともかく、太平洋戦争を書いたというのに驚いた。発表は1964年というから、ドイツが2つに分かれた冷戦の真っ最中である。

 
 日本海軍は1942年、ミッドウェー海戦と同時にアリューシャン攻略作戦を行った。アリューシャンに投入された「龍驤」「隼鷹」の2軽空母が、もしミッドウェイにいれば・・・というIF小説もあるように、兵力の分散をした愚策であると後年評価されている。

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 それでもアリューシャン列島のアッツ島キスカ島を占領し、北方から日本本土への奇襲を防ぐという意味はあった。本書では米国の一部を占領したとの宣伝効果を狙ったものとあるが、これには賛同しがたい。
 
 しかし、形成が不利になった1943年になるとアッツ島は米軍に奪還され、キスカ島からは撤退することになり日本軍はアリューシャンの拠点を失った。ところが本書では1944年になっても日本軍がアッツ島を保持していて、3,000m級の滑走路を整備して4発重爆「敦賀」を配備してシアトル等の爆撃を狙うというシチュエーションになっている。
 
 もちろんそんな名前の航空機はないし、日本軍は飛行艇以外の4発機を実戦配備出来なかった。一番近いのは、6機ほどの試作に終わった重爆「深山」だろう。というわけでシチュエーションにリアリティはないのだが、日本軍の作戦や米軍の対応は十分納得できる。
 
 日本軍は「敦賀」の爆撃行にあたり、アラスカ上空の気象観測をするための小部隊を潜入させる。本書の主人公である日高大尉は、十種競技の銀メダリスト。自ら選んだ、通信兵・気象観測兵・近衛兵・猟師など11名でアラスカに降り立つ。
 
 米軍は毎日定時に観測される短い通信をキャッチ、日本軍部隊の存在を知る。これを駆逐する役目を負わされたのが、アラスカで動物保護の仕事をしているマックルイアという男。彼もアラスカに詳しい男を選抜して14名の偵察(スカウト)部隊を編成する。
 
 500ページのうちの3/5までの、日米両軍の極地での戦いは面白い。どちらもサバイバル技術に長けているので、相手を察知して奇襲したり、意表を突いた反撃をする。残り少ない弾薬を数えるシーンや、負傷兵を応急手当するシーン、零下40度の恐ろしさはリアルだ。お互いに兵力を減らした後半は、戦闘というよりは自然との闘いになる。日本軍の作戦のカギである通信兵がクマに襲われたりする。
 
 イヌイットの娘が日高大尉に救助されて以降は、特にサバイバル小説と化す。最後に、マックルイアのワナにおちて火にまかれそうになった日高大尉が、逆に火をつけて逃れるシーンはヤマトタケルの伝説を思い出させる。(失礼ながら)中途半端な日本知識がちりばめられていて、あきれたり吹きだしたりするのだが、同盟関係にあったドイツの外交官・軍人が、日本をどう見ていたかが感じられる。
 
 後半ダレるのだが、前半の面白さは出色の戦争小説である。ある意味、隠れた傑作かもしれません。