新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

ダッハウ収容所事件の後日談

 マイケル・バー=ゾウハーはブルガリア生まれのユダヤ人(もしくはユダヤ系)で、ナチスの迫害を逃れて出国、その後イスラエルに住みついた。パリで学び、イスラエルの新聞社でパリ特派員、イスラエル軍で機甲部隊や空挺部隊に所属し、ダヤン国防相の報道秘書を務めるなどの活躍をした。

 
 ハイファ大学で国際政治学の教授をしてから、1973年本書で作家デビューをしている。誤解を恐れずに言えば、間違いなく「モサド」の一員だったろう。その知識や経験が、作品に十二分に活かされている。昨日紹介したジェラール・ド・ヴィリエのマルコシリーズと比べて、似たようなテーマを扱いながらバー=ゾウハーのスパイ物語には、同等の意外性とより高いリアリティがある。

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 米ソ冷戦期のただなか、アメリカ訪問中のソ連外相が狙撃され死亡する。世界は、第三次世界大戦勃発の緊張感に包まれる。外相は、一人で運転手に変装して愛人のもとに向かい殺された。さらに運転手も同じ銃で射殺され、犯人の真の狙いは運転手自身だったのではないかとの疑惑が生まれる。
 
 運転手は独ソ戦で捕虜になり、悪名高いダッハウ収容所から辛くも生還していた。CIAの特別捜査官ソーンダーズは、ダッハウ時代の彼の同じ収容棟での生き残り(10名程度しかいない)が、最近次々に暗殺されていることを突き止める。
 
 ソーンダーズはKGBの協力も得て、ウィーン・ミュンヘン・パリ・テルアビブ・アテネなど、13号収容棟の生き残りやその遺族、情報を持っている機関、ジャーナリストたちを訪ねて飛び回る。
 
 最近(バー=ゾウハーには到底及ばないものの)ヨーロッパ各国を訪れる機会が増えて、あの大陸は決して広くないとの実感を持った。物語に出てくる街や場所にも心当たりがあるようになり、学生の頃「世界をマタにかける」ことを想像できなかったものが、少しはわかってきた。
 
 ソンダーズはダッハウ13号収容棟で死んだ父親を持つ元フランス軍兵士を実行犯とにらんで、彼を追い詰めてゆく。その過程でダッハウでのおぞましい事件の様相が明らかになり、13号収容棟の生き残りが容疑者の父親を食べて命をつないだことが暴露される。
 
 しかし冒頭のソ連外相暗殺という大事件に比べて、フランス人の若者の怒りはわかるものの単なる復讐譚というのでは竜頭蛇尾だと感じた。その後作者は、後年のジェフリー・ディーヴァーばりのどんでん返しを用意していた。
 
 古いスパイ小説ではあるが、スピーディでかつスリリングな展開で露見する陰謀もなるほどとうならせるものでした。ただミステリーマニアってアラ探しがすきな人種で、この陰謀ちょっと偶然に頼っているところが多すぎないかとは思いました。もちろん、傑作であることに間違いはありません。