新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

プライバシー危機、2014(後編)

 シンシアはロンドン在住、物語の前半はイギリスで展開するが、ゼロの一人と思しき男がウィーンのWiFiスポットで確認され、シンシアはITに詳しいインド人チャンダーと現地へ向かう。ウィーンの地下水道でゼロのひとりと接触したシンシアは、フリーミーへの疑惑を募らせついにニューヨークへと飛ぶ。
 
 この地政学的位置関係が、作者の意識を顕わしている。現実社会でも、インターネットで欧州の個人情報を吸い上げているのは米国企業(マイクロソフト・グーグル・アップル・フェィスブック・アマゾン等)である。英米の伝統的な関係からか、イギリス人はこの現象に比較的寛容だ。

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 しかしドイツ系の人たちは、この米国企業群に不信感を持っている。ゼロがウィーンで確認されたのは、そういう理由だ。ドイツ人に諭されて目覚めたイギリス人は、疑惑を持ってアメリカに乗り込むことになる・・・というわけ。イギリス人を援けるのが、ITに詳しいインド人というのもうなづける。
 
 一方フリーミーの幹部の間でも、技術者と広報担当の間で亀裂が生まれてくる。膨大な個人情報(ビッグデータである!)を使い、人を操る実験をした技術者は成果に自信を持ち、選挙にも介入して思うような候補を当選させ、政治をわがものにできるという。広報担当は技術者が勝手にそのような実験をしたことを非難し、その邪悪な行為を止めさせようとする。
 
 フリーミーは世界の個人情報を一手に集めて独占状態にあると、広報担当は言う。従って企業の責任として、個人情報の不透明な運用・利用は許されないと主張する。一方技術者は、すぐ追随者は現れるから新しい情報活用の道を探るのだと言う。その時の例示が面白い。「マイクロソフトはいまや死に体の巨人だ。AOLやMySpaceのようなスーパースターも数年経たずして歴史になった。FacebookAppleだってすでに恐竜だし、Googleも・・・」と、この世界の有為転変を説いている。

 
 この言葉に、米国発インターネット企業を恐れつつも彼らの天下も長続きしないという、オーストリア人である作者の本音がみえるような気もする。最後は殺人の容疑を着せられたシンシアが、マンハッタンを逃げ回るシーンになる。彼女は、映像を送ることの出来る眼鏡型デバイススマホを持った群集に追いかけられながら勝手を知らない街を逃げ惑う。

 シンシアの娘ヴィオラハッカー集団ゼロに助けを求め、ゼロはアノニマスの協力も得てマンハッタンの監視カメラなどのシステムに侵入、シンシアを守ろうとする。それにしても、この追跡シーンの迫力は出色である。作者エルスベルグが描きたかったのは、サイバー空間でなくて物理的な追跡劇なのではないかとさえ思う。マンハッタンでのクライマックスのほかにも、2つ追跡劇があった。

 ひとつは冒頭、ロンドンのシーン。ヴィオラの友人のティーンエイジャーの青年が、眼鏡型デバイスで通行人をスキャンしていて、偶然指名手配犯を見つけて追いかけ始める。その模様はインターネット経由で多くの人に知られ、追い詰められた犯人は拳銃でこの青年を撃ち殺してしまう。もうひとつはウィーンの地下水路。ゼロのひとりと思しき男を見つけた(WiFi電波の三角測量で!)シンシアたちは、彼を地下水路で追いかけるのだが、その模様もインターネットに流れヤジ馬が同じ様に追いかけ始める。シンシアは群集に巻き込まれ命を落としかけるのだが、救ってくれたのはゼロのひとりだった。

 2014年発表の作品で、テクノロジーそのものは空想のものは出てこない。作者も、コメントでそう言い切っている。巻末に短い用語集はついているが、ある程度の基礎知識がないと物語についていけないかもしれない。ドイツでは好評をはくしたサスペンススリラーだそうだが、日本ではどうでしょうか?若い人には受けるかもしれませんが。