新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

おしゃべり女と無口男

 深谷忠記という作家も、アリバイ崩しのシリーズを中心に多くのミステリーを発表したひとである。1982年に「ハーメルンの笛を聴け」で江戸川乱歩賞候補となり、1985年の「殺人ウィルスを追え」でサントリーミステリー大賞の佳作を得た。しかしミステリー作家としての地歩を固めたのは、本書から始まる笹谷美緒&黒江壮のコンビが巧妙なアリバイに挑むシリーズだろう。

 
 笹谷美緒は、中堅どころの出版社の文芸部所属の若手社員。世事に疎い数学者で大学教授の父親、女学生のように天使爛漫な母親と暮らしている。父親の大学での助手が黒江壮。考え込んでしまうと、目も見えず耳も聞こえなくなる理系クンである。

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 本書の発表は1989年、世はまさにバブル経済絶頂期。国際情勢としてはベルリンの壁が崩れ、米ソ冷戦が終了という激動期なのだが、日本の中ではそんなことにはお構いなく、資産が高騰し不動産王や株の成金がゴロゴロしていた。
 
 美緒は奇抜なトリックで有名な推理作家荒木の車で、安曇野にある彼の別荘に同行し、彼の新作に向けた取材に付き合うことになった。ところが別荘に着いてみると、荒木の妻が殺されていた。
 
 1週間後に奥多摩で女性の他殺死体が見つかるのだが、犯行は荒木の妻が殺された日と同じころと思われる。この被害者は、ホステスをしながら女優をめざしていた女だということはじきに分かる。別荘がポピュラーになっていること、マンションや別荘の装飾のきらびやかさ、ホストクラブの存在などバブルをうかがわせるものが随所に出てくる。
 
 この2つの殺人事件に、荒木とその周辺の人物がからんでいることが、目撃証言や被害者が出した絵葉書などによって徐々に明らかになる。長野県警と警視庁の合同捜査チームは、中央線の「特急あずさ」に何度も乗り、証言を集めてゆく。しかし、これはと思った容疑者には、鉄壁ともいえるアリバイがあった。
 
 津村秀介の浦上伸介シリーズより少し遅れて始まったこの連作、印象の薄いルポライター探偵よりは、若い男女のコンビの魅力は大きい。美緒は好奇心旺盛なおしゃべり女、しぶしぶついてくる壮は時折「うん」とか「そうなの」とか短い合いの手を入れるだけで、9割以上は美緒が話し続けている。しかし最後にトリックを見破るのは、数学者の壮。かなり内気ではあるが、天才物理学者湯川准教授を思わせる名探偵ぶりだ。
 
 ただし、同じように地方でおきる殺人事件のアリバイ崩しを中心に据えていても、トリックの方は浦上伸介シリーズの方が上だろう。本書のトリックも、ひねた読者ならかなりの確率で見破りそう。まあ、それはそれで楽しいのですが。