神聖ローマ帝国大公であるマルコ・リンゲ殿下は、リーツェンの城の修復・維持費用を賄うため、CIAの手先となって世界を走り回っている。米国政府がオフィシャルに手を出せない案件、CIAの「長い手」すらも手の出ないような案件を任されるのだが、普通は人質の救出、取り残された部品等の回収、現地の反政府勢力の支援、KGB等対立組織の作戦妨害などなのだが、今回は珍しく「殺人犯人の追及」である。
今回の舞台は、レバノン内戦(1975~76)で破壊される前の美しかったベイルートである。本書の発表は1972年だが、当時のベイルートは、KGB/CIAどちらにとっても「ピクニック・エリア」と言われていたらしい。要するに、東京もそう呼ばれていたが「スパイ天国」のこと。米ソ両国のほか、台頭し始めていた中国の影がちらつく世相を写して、スパイ天国で起きた暗闘が今回の事件。
中国に大量に航空機を売ろうとしていたビジネスマン、カリル・ジェッジンの弟2人が相次いで青酸拳銃で撃たれて死ぬ。実際「スパイ教本」には、こういう武器のことは載っていて、利点は一見心臓発作に見えることである。ただこの暗殺犯ハリー、同じ手口を繰り返すという犯罪者にあるまじき行動をする。現に一人目は自然死とされたのに、二人目には警察当局も疑いを向け青酸を検出している。
マルコのミッションは、同じ暗殺犯に狙われるであろうカリルの不安を取り除くため犯人を見つけること。いつもの用心棒2人(クリスとミルトン)がカリルの護衛に就く。ハリーに迫るマルコだが、サウジ王家の王子・王女やレズビアンのマッサージ師、パレスチナゲリラなどがからんできて、マルコはお尻に毒液を注射されて死にかける。
マルコの捜査は例によって五里霧中のまま、終盤の50ページを迎える。そこに、現れたのは2丁拳銃をふりかざす「神のしもべ」。かなり強引なエンディングへの道だが、ヴィリエ作品の魅力はそこではない。不安定な中東の状況、今にして思えば混乱している中東の根本原因を描くことだったのでしょう。まあ、マルコ殿下には「名探偵」は似合いませんね。