新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

心理探偵ベイジル・ウィリング

 以前「幽霊の2/3」を、名のみ知られた名作として紹介したが、作者のヘレン・マクロイ自身も日本でそんなに有名な作者ではない。学生時代1,000冊のミステリーを読んだと自慢していた僕も、全くよんだことがない作家だった。今回ご紹介するのは、作者の初期の名作と言われる本書。

 

        f:id:nicky-akira:20190426181111p:plain

 家蝿とカナリアは確かに事件解決の有力に手掛かりなのだが、原題の「Cue of Murder」の方がずっとぴったりしている。Cueとは放送業界などで本番スタートやビデオ挿入などのなんらかのアクションをさせるきっかけ/トリガーのことである。
 
 Cueが出てくる理由は、殺人現場が歌劇「フェドーラ」第一幕の上演中舞台の上で俳優が刺殺されるという事件が主題だからだ。エラリー・クイーンのデビュー作「ローマ帽子の謎」も劇場内の殺人だったが、殺されたのは観客。舞台上で俳優が、衆人監視のもと殺されるというのは凄い設定である。
 
 私事だが高校生のころ、「劇場の悪魔」というアクション劇の上演中に俳優が射殺されるという習作を書いたことがある。こういうシチュエーションは、僕のミステリーの原点のようなものだ。
 
 探偵役は舞台の主催者や俳優とも親交のある精神分析学者ベイジル・ウィリング博士。彼も観客の一人として、殺人を目撃した。博士は地方検事局にも協力している学者であり、今回の件も捜査にあたるフォイル次席警視正とともに事件解決に尽力する。
 
 状況からして容疑者は主演女優か、助演男優2名かの3人しかいない。彼らは瀕死の状態で横たわる役柄の(当然動作もセリフもない)俳優に2度づつ接触している。ウィリング博士の推理方法は、心理分析によるものが中心。ある俳優の部屋を歩き回る動作を見て、長く独房に置かれていたことを看破したりする。その推理は非常に明快、エラリー・クイーンの論理的な推理に匹敵するものがある。
 
 本書の発表は、アメリカが大戦に巻き込まれた1942年。まだ枢軸側が優勢だったころで、舞台となったニューヨークでも灯火管制や防火訓練などで騒がしい。そんな時代、かくも本格的なミステリーを書くことができたという事に米国の余裕を感じた。また「幽霊の2/3」を面白く読んだ僕だが、ヘレン・マクロイとベイジル・ウィリング博士の実力を見直しました。もっと書店で探してみようと思います。