新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

長距離夜行列車のアリバイ

 深谷忠記最大のシリーズものは、数学者黒江壮とフィアンセの笹谷美緒を主人公にしたもの。全部で37作品あり、そのほとんどがトラベルミステリーである。そのうちの3作に「+-の交叉」というタイトルを付けたものがある。しばらく前に、その2作目「津軽海峡+-の交叉」を読んだ。


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 まだ青函連絡船が運行していたころで、青森在住の被害者が乗ったらしい下りの連絡船と、函館在住の容疑者が乗ったらしい上りの連絡船が洋上ですれ違っているという謎が、読者に投げつけられる。容疑者の自宅が、僕らの定宿「ガーデンハウスCHACHA」近くに設定されていて、街並みの描写に「へえ、昔(1988年発表)はこうだったのか」と筋と関係ないところで感心したりしていた。
 
 被害者と容疑者がニアミスしているのに手を下せない皮肉なシチュエーションが面白く、アリバイトリックもまずまずであった。このすれ違いが、+-の交叉というなのだろうと思った。そこで今回手に取ったのがその3作目「寝台特急出雲+-の交叉」(1989年発表)である。
 
 殺人の舞台は出雲大社から米子・境港・皆生温泉にいたる宍道湖周辺である。出雲方面と東京を結ぶ寝台特急「出雲」は当時2往復が毎日運行され、京都・名古屋・静岡・熱海などに停車する。
 
 都合4人が殺害された事件で、浮かんだ容疑者は2人目の被害者が殺害・死体遺棄された夜には東京に向かう「出雲」に乗車しており、皆が寝静まった京都停車前までは車掌と会話している。アリバイ以前に、4人の連続殺人がどうして起きたかを推理する数学者壮が、容疑者の5条件を出すところも面白い。
 
 一方その情報を基に容疑者に拙速に迫る県警の刑事の行動は、ちょっといただけない。まあその行動のおかげで容疑者が「鉄壁のアリバイ」を持ち出すのだから、筆者の都合(上り下りの寝台特急が交叉するアリバイ工作に挑むこと)が優先された「刑事の愚行」にも思えて来る。
 
 壮&美緒コンビの初期作品で、アリバイ工作をあばく彼ら(もっぱら壮クンだが)の活躍を描く中ではかなりの高得点を上げられる作品だと思う。しかしそのトリックはかなり複雑なもので、実際にやってのけられるかどうかは疑問符がつく。作者はこのころから単発ものの社会派推理を増やしているが、時刻表を隅から隅までひっくり返す作業に、やや疲れたのかもしれない。