新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

スパイは紳士のお仕事

 CIAの業務委託でリーツェン城の修復資金を稼いでいる、神聖ローマ帝国第18代大公のマルコ・リンゲ殿下。その冒険の多くは発展途上国でのものなのだが、今回はウィーンから至近のロンドンでの活躍である。米ソ冷戦も終わりに近づいていた1977年発表の本書では、デタントに寄与するアメリカ人石油ビジネスマンを無事モスクワに届けるのが殿下に与えられたミッションである。


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 米露混血のニコラス・シルバーマン(これもユダヤ系?)は、長い時間をかけてクレムリンとのパイプを築いた。ロシア語を流暢に操れる彼ならではの成果である。黒海にある油田は埋蔵量も豊かだが、権益を持つソ連には採掘技術も資金も不足している。彼はこれらを米国から提供して、共同採掘する契約の一歩手前まで来た。
 
 彼はきまぐれな愛人パメラとロンドンに滞在していて、ビジネスとしてはモスクワ行きを急がなくてはいけないのだが、パメラの機嫌を取り結ぶためロンドンを離れられないでいる。(情けないビジネスマンではある)
 
 デタントに反対する勢力、ソ連に資金を渡したくない勢力の影がちらつき、ニコラスの命を狙っていることが明らかになる。そこでこれまででは考えられなかった、MI6、KGB、CIAの連合作戦が開始される。ニコラスを守ることは3国の利益になるからだ。しかしMI6の長サー・モーリス、ソ連科学技術委員長スースロフ、CIA支局長デイビスの関係はぎこちない。そこで、ヨーロッパ貴族であり英語・ロシア語にも堪能なマルコの登場となる。
 
 3機関の顔合わせの後、マルコはスースロフからこっそり秘密を打ち明けられたり、サー・モーリスから重要な情報を得たりする。この時のサー・モーリスの言葉が「スパイは紳士の仕事」。紳士(貴族)であるマルコは信用するが、成り上がりもののアメリカ人デイビス支局長は信用しないということ。
 
 やがてCIAに雇われていたことのあるグルジア人殺し屋とイギリス人技術者が、ニコラス暗殺計画に関与していることが分かる。この技術者、007シリーズの「Q」を彷彿とさせるオタクで、青酸ガスライターや携帯バルカン砲など奇妙で危険な武器をどんどん作り出す。マルコは3機関の裏切り含みの連携やニコラスとパメラの仲たがい、殺し屋からの脅威の全てをひとりで背負い込むことになる。
 
 やはりマルコ殿下は、ヨーロッパの土地での活躍が(たとえブリテン島でも)似合う。作者のヴィリエはフランス人だが、世界の田舎者アメリカ人への軽い軽蔑がうかがえるペンのタッチだった。彼が今のトランプ政権を描いたら、どういうことになるのでしょうかね。