新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

ベルギー人の愛国心

 「ザイール共和国」という名称は、1971年~1997年の間モブツ・セセ・セコ大統領がこの地を統治していた時期のもので、現在はコンゴ民主共和国という。さらに昔の呼び方は、「ベルギー領コンゴ」であった。ベルギーは欧州では小国だが、コンゴのような広大な土地を植民地として持っていて各国が独立後も相応の権益や影響力を残していた。公用語はフランス語だが、ベルギー自身も南半分はフランス語圏である。

 
 モブツ大統領は1965年にクーデターで政権を奪取し、強力な中央集権国家体制を敷いた。大統領の任期は憲法規定で5年、再選は可能だが三選は禁じられている。それを「特例措置」で繰り延べ、第一次コンゴ戦争でモブツ大統領が亡命するまで政権は続いた。本書は1979年発表の、ご存知マルコ殿下シリーズ。CIAはモブツ暗殺計画をキャッチしたのだが、米国の影響力はここではゼロで、実効的な資産(アセット)がないことから、大統領を守るためにマルコが派遣されてくる。
 
 モブツは困った強権君主なのだが、いなくなると中央アフリカ液状化して米国にとっても益がなく害があるとCIAは考えたのだ。雲を掴むような話なので、まずマルコはザイール当局に公然と逮捕されてみせ、反政府側の信用を得る工作から調査を始める。
 
 付き合うのはやはり白人の富裕層、もちろんベルギー系が多い。富豪のベルギー人が「我々はモブツに侮辱され続けた。それでも我々は愛国心を持っている」とマルコに言うのだが、マルコは「ベルギー人のこの種の言葉は、娼婦が口にする<愛してるわ>より滑稽だ」と心の中で独白する。神聖ローマ帝国第16代大公には、欧州の小国として時には二枚舌も使って生き延びる「エコノミック・アニマル」への侮蔑があるのかもしれない。

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 やがて、暗殺計画はアメリカ製「レッドアイミサイル」で大統領乗機を狙い撃つものであることが分かってくる。これは闇ルートで反政府側に渡ったものだが、CIAはコトが表ざたになると米国の信用に関わるとしてマルコになんとしても暗殺を防ぐように言うのだが、手は貸してくれない。マルコは何度も危機を潜り抜けながら、最後にCIA支局長の個人的ボディガードをしているドンバシというピグミー族の戦士と毒矢(!)の力を借りて反政府勢力の企みを潰そうとする。
 
 例によって美女との絡みと残虐シーンの多い話だが、名前しか出てこないモブツ大統領の「影」が不気味である。反政府のテログループは、モブツの経済政策(1年で物価が10倍になる)や強権的な弾圧を訴えて、残虐に拷問したり殺したりする。モブツ側も同じくらいひどいことをしているのだろう。本書から17年経たないと、政権は倒れません。アフリカの闇は深いですね。