新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

十字軍の宝剣

 空の男を中心にプロフェッショナルの世界を描く作家、ギャビン・ライアル。「深夜+1」や「もっとも危険なゲーム」が有名だが、本書は作者自身が自己のベストと評している作品である。空軍軍人でもあり、狩猟の趣味という作者の飛行機や銃に対する愛情は、本書(1975年発表)にもあふれている。

 
 ライアルの描く「プロ」は、決してスーパーヒーローではなく、タフネスさを売りにしたりはしない。必要とみれば果敢に行動するが、普段は用心深く目立つことは極力避けている。自分の矜持をはっきりともっていて、その範囲内ならば世に違法行為と言われることでも躊躇しない。逆に矜持に反することなら、合法な儲け話だろうと興味を示さない。

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 本書の主人公ロイ・ケイスも、そんな男だ。ロイは小型輸送機のパイロット、相棒のケンと組んで輸送業をしているが主な仕事は武器密輸だ。もちろんヤバい仕事で、当局に捕まりそうになるとどちらか一方が出頭して相棒を逃がす。捕まる役は交互に務めることにしていて、2年前ケンがイスラエル当局に捕まり今回国外追放されることが決まった。
 
 ロイはシャンパン12箱を密輸する仕事を受けてイギリスからレバノンへ飛ぶ途中、キプロスでケンと合流することにした。ところが飛行中に依頼元の会社が経営破たんし、ニコシア空港で足止めを食らってしまう。ニコシアにはケンに加えてケンの刑務所仲間だったオーストリアの考古学者親子もやってくる。実はこの考古学者、イスラエルで十字軍の宝剣を見つけたのだが盗掘容疑で捕まってしまったものだ。
 
 宝剣はイスラエルのどこかに隠されているはずで、刑務所でケンは宝剣をイスラエルから持ち出すことに手を貸すつもりになっているのだ。しかし宝剣の隠し場所を言わないうちに考古学者は銃で頭を吹き飛ばされて死亡、自殺か他殺かもわからない。ロイとケンは、考古学者の娘とメトロポリタン美術館所属の女性学者の協力を得て、宝剣さがしを始める。そこにケンのイスラエル国外追放が解除されたという知らせ、これはどう見てもケンをイスラエルに呼び戻そうという罠である。
 
 キプロス軍のギリシア人軍曹、ベイルートの商人、モサドと思しきイスラエル人、ニコシア警察やイスラエル警察が絡んできて、ロイとケンはニコシアベイルート・テルアビブの空港を愛機を駆って飛び回る。最後にエルサレムで、2人は宝剣を見つけるのだが・・・。
 
 昨年イスラエルに出張する機会があり、テルアビブとエルサレムの街を見てきた。それゆえ本書にある40年前のそれらの街の記述を楽しむことができた。原題の「Judas Country」は、キリストの弟子ユダに出身地でもあるイスラエルに、権謀術策が渦巻いて裏切りが多発するという2つの意味を示している。この作品は筋立てはやや冗長(とくに前半)なのだが、40歳代半ばのプロの男がどうやって生きてきて、将来をどう見据えているか、さりげない会話の中にちりばめられていて面白かった。