新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

「公害」はテーマか味付けか?

 1966年、「殺人の棋譜」で江戸川乱歩賞を得た斎藤栄が、1970年に発表したのが本書。多作家である著者が、自身のベスト3に挙げている自信作である。題名にあるように、松尾芭蕉の「奥の細道」研究がテーマのひとつになっている。研究内容は、「芭蕉は忍者であった」という説。このような説は、他でも聞いたことがあり作者のオリジナルではないようだ。本書にもあるように、伊賀の国で芭蕉は生まれていて、両親も忍者の一族だったと伝えられる。

 
 奥の細道の旅に出かけた時、芭蕉はすでに40歳代後半。人生50年の時代にあっては老境であるにもかかわらず、驚くべき健脚ぶりを示している。また自宅が火事に逢った時も、長時間水に潜って命を保っている。水遁の術だろうか?「芭蕉=忍者」の学説を追い求める大学講師三浦が、複数の工場が流した廃液の化学反応で息子を死なせ、これを苦にした妻も失って工場関係者に復讐を誓うところから物語は始まる。

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 廃液を出した工場の工場長が死体で発見され、警察が周辺の人物を調べると第一の容疑者は三浦講師と思われた。しかし死亡推定時刻には、三浦は大学院の学生を伴って「奥の細道」調査のための長い旅に出ていて、天童市に滞在していた。三浦のアリバイ調査も済まないうちになぜか三浦は逃亡、妻の実家(熱海)に近い湯河原の温泉宿で自殺死体となって見つかる。遺書もあって一件落着かと思われたが、刑事たちは証人の大学院生の協力をえて三浦の東北行によるアリバイの確認を続ける。
 
 作者の好きな将棋のモチーフ、芭蕉の俳句に隠された暗号、芭蕉を操っていたと思われる意外な人物など、興味深い物語が展開する。加えて当時大きな社会問題だった「公害」が、特に前半大きな比重を持って読者に訴えかける。作者が言うようにとても面白いミステリーなのだが、気になるのはその「公害」である。
 
 中島河太郎氏の巻末解説にもあるように、「芭蕉」と「公害」という2テーマを複合したことが効果を生んだのか、それとも「二兎を追って」しまったのかが本書の評価を分けると思う。え?僕の意見ですか。うーん、社会派ミステリーを意識しているのですが、公害問題に何かの主張をしているわけでもありませんから、「芭蕉」だけでも良かったように思うのですが。